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死刑廃止派の人ちょっと来て

903 :傍聴席@名無しさんでいっぱい:2020/05/11(月) 01:54:58 ID:CGjmiYBC0.net
廃止はともかく拷問とかありえんしょ






    ――
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E4%BA%8B%E4%BB%B6


横浜事件(Wikipedia)

1942年、総合雑誌『改造』(8-9月号)に掲載された細川嘉六の論文「世界史の動向と日本」が、「共産主義的でソ連を賛美し、政府のアジア政策を批判するもの」などとして問題となり、『改造』は発売頒布禁止処分にされた。

そして9月14日に細川が新聞紙法違反の容疑で逮捕された。

1943年に改造社と中央公論社をはじめ、朝日新聞社、岩波書店、満鉄調査部などに所属する関係者約60人が次々に治安維持法違反容疑で逮捕され、神奈川県警察特別高等課(特高)は被疑者を革や竹刀で殴打して
失神すると気付けにバケツの水をかけるなど激しい拷問をおこない、4人が獄死(神奈川県警察の管轄事件であったために横浜事件と呼ばれるようになった)。『改造』『中央公論』も廃刊となった。

■弁護側の主張

有罪判決を受けた関係者・遺族は次のように主張して、まったくのでっち上げ(フレームアップ)だと主張しており、名誉回復を求めていた。

当時非合法の秘密結社でなければならなかった共産党を再結成しようとする人間が、会合の写真などを撮る理由はない。同著者の論文も軍情報局の検閲を通過していたため弾圧の理由はなかったはずだ。
無実を訴え続けた元被告人やその家族、支援者らは再審請求を繰り返していた。1986年に第1次、1994年に第2次再審請求の審査が行われたがいずれも棄却された。
しかし、元中央公論編集者の妻ら元被告人5人の遺族が1998年に申し立てた第3次再審請求で横浜地裁は2003年に再審開始を決定した(横浜地決平15・4・15、判時1820・45)。

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