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┃━┏┃ カツトシpart15 | ̄し ̄| [隔離病棟]

353 :右や左の名無し様:2018/07/09(月) 05:29:37.35 ID:1eaS+NpW.net
凡庸さとの戦い・・・(雑記)ってタイトルのブログで未だに西部批判やってるが、相変わらずズレまくってる。
西部邁の専門人批判は意味不明って書いてるが、かつてオルテガや西部が批判していたのは専門人が専門以外の領域に対して意見を言うことであって、複雑化した社会に専門人がいらないなんて言ってない。

藤井は土木の専門家として内閣官房参与まで上り詰めたが、西部は何も成し得ていないからジェネラリストは重要ではないというのもおかしな話だ。
まず西部邁は東大の経済学部出身であり、そのうえで旧来の経済学批判を70年代あたりから世界に先駆けてやっていたわけで、それが出来たのは西部が経済の専門人であると同時に社会学にも精通していたからに他ならない。
ピケティが一躍取りざたされる昨今の事情を見れば、この記事でカツトシ自身が書いている苫米地英人の言葉通り、西部の言説はあまりに新し過ぎた故に評価されなかったという方が適切だろう。

そして表現者一派と呼ばれるような、若き保守思想家を集めることができたのは西部が経済の専門人ではなく、ジェネラリストだったからに他ならない。
カツトシいわく、西部のようなジェネラリストはイマイチ何も残らないようなペラペラなことしか言えていないそうだが、それはこいつの頭が悪いからだろう。
おそらく表現者の勉強会などで集まる場合、まず西部の言説をある程度理解して共有して臨むからこそ、専門人である大学教授が一堂に会した時に議論が可能なのではないか?
もし突然それぞれの専門人を集めても、お互いにどこまで何を知っているのかよく分からなくてグダグダになる可能性が高い気がする。
西部は海外に行ったとき「あなたは何の専門ですか?」と決まって聞かれることに辟易していたそうだ。
だから西部はいつも「私は専門家同士の意見を結び付ける専門です」と言い、そのたびに嫌な顔をされたとテレビで言っていたよ。

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