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ねずさん(=小名木善行)ってどうよ

1 :ねずさん破産:2015/04/26(日) 08:56:47.89 ID:tQmtT6U/.net
「ねずさん」こと「小名木善行」氏は信頼できる人物なのでしょうか。
会社の人より「ねずさんのひとりごと」というブログが一日3万アクセス、日本の正しい歴史や日本の心を取り戻すため是非読むべきだ、と勧められました。
http://nezu621.blog7.fc2.com/

最近では「百人一首」の本も上梓されたようで、「ねずさん」こと「小名木善行」氏の信奉者がかなりいるということも知りました・・。

確かにブログを拝見すると、小名木善行氏の学歴等は書かれていませんが、かなりの知識がおありの方で、歴史や政治経済について幅広く記載があり、大物政治家とも親交がおありのようでした。

ところが途中で気が付いたのですが、日本礼賛、排外的、でいわゆる右派が歓迎するような内容に偏っており、ヘイトの代表である「在特会」のリンクまでが貼られていました。

さらに「小名木善行」氏は「ねずさん」というペンネームがありながら、「小名木善行」という名まえも本名ではなく、「小名木伸太郎」という名まえが本名であり、過去にマルチ商法に(ストレートワン)
手を染めていた疑惑や主催されている「日心会」の不正会計疑惑、さらには自らが代表者として経営されていた食品会社 大和食研(株)も2014年3月に破産開始決定している事実があります。
http://ib-tousan.jp/2014/03/07/post_18_h_10.html

(百人一首の本の著者プロフィールから「食品会社経営」の文字が消えています。同一の会社ということは間違いなさそうです。)

同氏のブログでは「胡散臭い」とか「嘘」という言葉がよく出てくるのですが、小名木伸太郎氏こそが「胡散臭い」と思えるのは私だけでしょうか。
会社の人がすすめるように「日本を知るために大切なことを言っている人」としてこの人を信用してもいいのでしょうか。

みなさまのご意見をお聞かせください。

なお、同氏はブログで「賛同」するコメントだけを残し、疑問を呈するコメントは削除したり、相手にブロックをかけたりしているようです。この手法も昨今「殉愛」問題で揺れる百田尚樹氏にそっくりです。

318 :右や左の名無し様:2015/09/23(水) 21:07:42.76 ID:WMSIc6UB.net
>>312 様の引用記事を読んで頭痛が。
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2774.html#more

以下引用

この「ナガスネヒコ」は、古事記では「那賀須泥毘古」と書かれています。
そしてこの名前は6字とも音だけをとった当て字ですと書かれています。
素直に読んでみたら「なかすど」です。
要するに、近隣の人達を襲って民衆を泣かせていた、人々を泣かす男、悪いやつ、つまり野盗の群れだったということがわかります。

引用終わり

「泥」は現代においても音読みは「デイ」訓読みは「どろ」であって、「ど」とは素直には読めないのですが。
万葉仮名においても、「ど」あるいは「と」の漢字に「泥」を当てることはありません。
http://www1.kcn.ne.jp/~uehiro08/contents/kana/1ran.htm 参照
根拠の無いデタラメな読み方をもとに何を論じられても納得できるわけがありません。

仮に「なかすど」と読んでみたところで

>要するに、近隣の人達を襲って民衆を泣かせていた、人々を泣かす男、悪いやつ、つまり野盗の群れだったということがわかります。

いや、わかる人がいたら奇跡じゃないでしょうか。

319 :右や左の名無し様:2015/09/23(水) 22:30:03.09 ID:WMSIc6UB.net
>318

>この「ナガスネヒコ」は、古事記では「那賀須泥毘古」と書かれています。
そしてこの名前は6字とも音だけをとった当て字ですと書かれています。

これに関して、古事記原文は

「登美能那賀須泥毘古 自登下九字以音」となってますね。
読みは「とみのながすねびこ」です。

何故勝手に「登美能」を外したのでしょうか。

320 :右や左の名無し様:2015/09/23(水) 22:30:40.98 ID:WMSIc6UB.net
>318

>この「ナガスネヒコ」は、古事記では「那賀須泥毘古」と書かれています。
そしてこの名前は6字とも音だけをとった当て字ですと書かれています。

これに関して、古事記原文は

「登美能那賀須泥毘古 自登下九字以音」となってますね。
読みは「とみのながすねびこ」です。

何故勝手に「登美能」を外したのでしょうか。

321 :右や左の名無し様:2015/09/24(木) 00:20:44.87 ID:bRVSrB7l.net
>>318
音韻の研究者が聞いたら怒りますね。

322 :右や左の名無し様:2015/09/24(木) 02:57:54.34 ID:bRVSrB7l.net
>>319
追加の疑問があります。

1. 那賀須泥をなかすどと読んだとすると、これは重箱読みですね。また、この場合なかすど、はなかすぞの転訛だとおっしゃりたいのでしょうか。その時代には一般にはなかすぞと発音されていたのか、なかすどと発音されていたのか?
私も研究しているわけではありませんが、なかすぞ、をなかすどに転訛させたのは吉本だと思っていたのですが。。。

2. これに続く古事記の原文では、登美能那賀須泥毘古を登美毘古と省略しています。那賀須泥毘古とは省略していません。筆者がどのようにこの省略形に行き着いたのか知りたいところです。

323 :右や左の名無し様:2015/09/24(木) 05:12:45.61 ID:bRVSrB7l.net
>>318
これでまた、目からウロコとか言い出す人が出るんでしょうね。

324 :右や左の名無し様:2015/09/24(木) 18:47:11.32 ID:LwVrbix/K
>>172

ナガスネヒコと省略する事自体は、日本書紀の記載が長髄彦であるし、
トミビコよりもナガスネヒコのほうが人口に膾炙していると言えるかと思います。

ただ、氏はブログで

「この名前は6字とも音だけをとった当て字」

と書いているのです。実際は

「自登下九字以音」

で9文字ですから、意図的に削らなければ6字になりません。では何のために削ったのか?知りたいですね。


神倭伊波礼毘古命にしても、氏は

「原文にはちゃんと注釈があって、「神倭以下の5文字は音だけをとったあて字である」とちゃんと書かれています。」

と書いていますが、実際の記載は

「神倭伊波礼毘古命 自伊下五字以音」

です。「伊より下五字」を「神倭以下5文字」に改変しています。

「古事記の原文に○○と書いてある」というので古事記を見てみると書いてあることが違う、なんてことがあったら、何も信用できなくなります。

これでまた古事記本を出版するおつもりでしょうか。
今度はまともな学者さんに監修していただきたいものですが、、、

325 :右や左の名無し様:2015/09/24(木) 18:49:42.25 ID:LwVrbix/K
>>324 はいろいろ投稿を間違えました。すいません。

326 :右や左の名無し様:2015/09/24(木) 18:48:10.64 ID:f8CZhY10.net
>>322

ナガスネヒコと省略する事自体は、日本書紀の記載が長髄彦であるし、
トミビコよりもナガスネヒコのほうが人口に膾炙していると言えるかと思います。

ただ、氏はブログで

「この名前は6字とも音だけをとった当て字」

と書いているのです。実際は

「自登下九字以音」

で9文字ですから、意図的に削らなければ6字になりません。では何のために削ったのか?知りたいですね。


神倭伊波礼毘古命にしても、氏は

「原文にはちゃんと注釈があって、「神倭以下の5文字は音だけをとったあて字である」とちゃんと書かれています。」

と書いていますが、実際の記載は

「神倭伊波礼毘古命 自伊下五字以音」

です。「伊より下五字」を「神倭以下5文字」に改変しています。

「古事記の原文に○○と書いてある」というので古事記を見てみると書いてあることが違う、なんてことがあったら、何も信用できなくなります。

これでまた古事記本を出版するおつもりでしょうか。
今度はまともな学者さんに監修していただきたいものですが、、、

327 :右や左の名無し様:2015/09/25(金) 03:17:54.85 ID:UKWdrzrC.net
>>326
なるほど。"ながすねひこ"のほうがポピュラーであることは確かにおっしゃるとおりです。
彼は、"原文は自登下六字以音となっていいる" と主張していることになります。明白な間違いですね。
悪意の捏造ではないとは思いますが、彼の古典の読み方はめちゃくちゃで、これで正しい意味が解釈できるのか?と心配になりますし実際に間違っていることが多いように思います。

彼の場合、現代語の知識のみで古典を語ろうとしているところに大きな問題があります。
那賀須泥の件でも、"泣かすぞ"は現代の言い回しです。古代の言い回しでは、泣かせむぞ、となるのではないでしょうか。
また、"ど"が"ぞ"の転訛ということを前提としてですが、これも本来は古代に"ど"といっていたものがどこかで"ぞ"と転訛した、ということを証明していただかないとなりません。

今日の記事にも同じような間違いがあります。

秋の七草
http://nezu621.blog7.fc2.com/

秋の七草の記事では、彼が引用している
我が里に今咲く花のをみなへし堪へぬ心になほ恋ひにけり (2279)
は、原文 吾郷尓 今 咲花乃 娘部四 不堪情 尚戀二家里
となっており、おみなえしの表記は"娘部四"です。このほかにも"姫押"と表記されている場合もあり、"女郎花"という表記が出てくるのは万葉集成立後のようです。

また、彼は女郎花の"女郎"を近世の意味で解釈していますが、万葉時代では近世の女郎に相当するのは遊女(あそびめ)などで、"女郎"は"郎女"と同じ意味で貴婦人の意味です。
"女郎"が売春婦の意味を持つようになったのは近世以降です。

このような未熟な論証を慰安婦正当化に結び付けてしまうと逆効果になるとは全く考えておられないようですが、そもそも未熟だという認識が無いのでしょうね。

続きます

328 :右や左の名無し様:2015/09/25(金) 03:24:50.65 ID:UKWdrzrC.net
続き

ところで"侵略的外来種"の定義は環境省のサイトで簡単にわかります。
"外来種の中で、地域の自然環境に大きな影響を与え、生物多様性を脅かすおそれのあるものを、特に侵略的外来種といいます。"

アメリカザリガニがニホンザリガニを駆逐し、セイヨウミツバチがニホンミツバチを駆逐し、ブラックバスやブルーギルが在来種の淡水魚を駆逐したように、
外来種が反映することによって古来の種が絶滅する事が問題となっています。

筆者が"痩せた土地でもよく育ち繁殖力旺盛"とおっしゃっている葛は、豊かな土地ではますます蔓延して在来種と競合します。そして在来種を駆逐する可能性が高いということです。
もともと砂漠だったところを人手をかけずに長期間かけて緑化する、ということが葛で可能になるのであれば、導入することに意味がありそうに思います。
しかし農耕作物や脆弱な在来種との競合が懸念される地域に導入するのは素人でもためらうでしょう。

最近では遺伝子レベルでの多様性の保護が重要視されています。
たとえば、違う系統のメダカや鑑賞品種のメダカの放流などが大きな問題になっているほどですから、葛のような影響が大きい植物が侵略的外来種とみなされるのは当然でしょう。

彼の
"ちなみに「クズ」を「世界の侵略的外来種ワースト100」という悪者にしたてあげた国際自然保護連合ですが、
このワースト100の中味を見ると、そこで対象とされている「侵略的外来種」には、豚やヤギ、ハツカネズミ、ヒキガエルにアマガエル、
魚の鯉やニジマス、海岸のワカメなども指定されています。
どういう基準で「侵略的外来種」と認定しているのか、よくわかりません(笑)"
という発言ですが、彼のこのような問題に対する意識の低さを物語っているように感じるのは私だけでしょうか。

329 :右や左の名無し様:2015/09/25(金) 20:07:55.92 ID:TEOzJMrT6
ネットで情報を沢山集めて、俺すげーだろがミエミエなんだよな。
チラシの裏にでも書いとけと言いたいですな。

330 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 00:25:53.72
>>329
日本人が「祖国」への意識を高めるのはいいことですが、よその国の悪口を言って日本人としてのアイデンティティーを取り戻そうとするのはまさに「人間の弱さ」だと思います。

ひどく逆説的ですが、ねず氏のような人がもてはやされる時点で日本人の日本人らしさがなくなってきているような気がしてしまいます。
ネット社会の進展が人と人とのつながりを希薄にし、表面的な情報のみを集め、「自分は日本についての知識がある」「愛国者だ」という寂しい人間を増やしたのだと思います。

ネットで調べた神社の参拝方法を得意げに話し、知らない人を「日本人でない」と馬鹿にしていた軽薄な若者のことを思い出しました。

ねず氏は「寂しい愛国者」の代表格として旗を振っているわけですが、本当の知識ではないですし、愛国フレンドは心より信頼し合った人間関係ではないので、常に不安なのです。

ねず氏が「批判」に敏感なのも「不安」だからなんですよ。

331 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 00:25:37.97 ID:DRaSeuba.net
>>328
あくまで私の推測です。
真相は小名木氏の脳内なのですが、、、
小名木氏は「侵略」という単語に過敏になっているのではないかと思います。
とにかく世間は日本を悪者にしたがっているという被害妄想にとらわれているのではないでしょうか。
思います。
侵略の基準がどうこうという話は、「日本はかつて侵略を行っていた」
という批判に対する反論としてよく保守派が用いる「侵略の定義は定まっていない」
というフレーズにつながるように思います。
つまり、「日本が侵略したといういいがかりをつけられたのと同様に、日本の植物もわけのわからない基準で
世界の悪者にされている」とでも言いたいのではないのでしょうか?
あくまで推測です。

332 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 01:16:20.86 ID:DRaSeuba.net
もうすでに致命的な指摘がなされている先日の記事
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2774.html
ですが、まだおかしなところがあります。
まずこれです。
以下引用

兄の五瀬命がどれだけやさしい男であったかは、死ぬ間際の兄の言葉に明らかです。
兄はこういったのです。
「弟よ、俺達は日の御子だ。天照大御神様からの直系の子孫として、これまで誰もが食える世の中にしようとして東に向かってやってきた。
ずっと平和を願ってきた。けれど、矢を射掛けられたとき、つい抵抗して武器(楯)を使ってしまった。平和を願いながら戦ってしまった。この傷はその罰なのかもしれない」

引用終わり

333 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 01:17:33.26 ID:DRaSeuba.net
はてそんな発言あったかいなと、いろいろ調べてみましたがやっぱりありませんでした。
完全な捏造でしょう。
以下http://www.ookuninushiden.com/newpage65.htmlより引用します。
 又問從而仕奉乎 答曰仕奉 故爾指度槁機 引入其御船 即賜名號槁根津日子此者倭國造之祖 故 從其國上行之時 經浪速之渡而 泊青雲之白肩津 此時 登美能那賀須泥毘古自登下九字以音興軍待向以戰
 爾取下所入御船之楯上而下立 故 號其地謂楯津 於今者云日下之蓼津也 
 そこでまた「私に従い仕えることができるか」とお尋ねになったところ「お仕えいたしましょう」と答えた。それで棹をさしわたしてその者を船に引き入れ、{さお}根津日子(サヲネツヒコ)と名付けた。
 この者は大和国造の祖先である。
 さて、その国よりさらに東に向かわれて、浪速の渡を経て白肩津(シラカタノツ)に停泊された。この時、登美の那賀須泥毘古(ナガスネビコ)が軍勢を出して待ち受け戦った。
 そこで船に入れてあった盾を降ろして立ち向かわれた。そこでその地を盾津と名付けられた。今ではそこを日下の蓼津(タデツ)という。
 於是與登美毘古戰之時 五瀬命 於御手負登美毘古之痛矢串 故爾詔 吾者爲日神之御子 向日而戰不良 故 負賤奴之痛手 自今者行迴而 背負日以撃期而 自南方迴幸之時 到血沼海洗其御手之血
 故謂血沼海也 從其地迴幸 到紀國男之水門而詔 負賤奴之手乎死 男建而崩 故 號其水門謂男水門也 陵即在紀國之竃山也
 こうして登美毘古(トミビコ、ナガスネビコのこと)と戦ったときに、イツセが手にトミビコの矢を受けてしまった。そこでイツセは「吾は日の神の御子として、日に向かって戦ったのが良くなかった。
 それで賤しい奴に痛手を負ったのだ。今から迂回して日を背にして戦おう」と誓いになり、南に迂回されたときに血沼海に至って、その手の血をお洗いになった。それで血沼海というのである。
 そこよりさらに迂回して紀伊の国の男之水門に至り「賤しい奴の手にかかって死ぬことになるとは」と雄叫びし、亡くなられた。そこでその水門を男之水門というのである。
 御陵は紀伊の国の竈山にある。
引用終わり

334 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 01:30:33.04 ID:DRaSeuba.net
この記事では古事記に書かれた内容を捻じ曲げてまで先日の安保法案は正しかったと言おうとしてるようですが。
安保法案を支持するなら真正面からすべきだと思います。
こんな無茶な論法で支持されても、ほかの賛成派に迷惑がかかるのでは?
無理矢理にもほどがある。古事記は百人一首に負けず劣らず人々に愛されています。
特に氏のファン層である保守層には、通しでは読まなくとも、古事記関連の記事を読んだことがある人は多数いるはずで、
その人たちも氏の記事の異常性に気づくはずです。
おそらく氏は古事記について書籍を出すのでしょうが、こんな記事を書いていては、内容も推して知るべし、
ファンが離れていくばかりです。
CGSの「席に余裕がある」のは、日頃のこうした記事の積み重ねで、みんなばかばかしく思い始めたことの表れではないでしょうか。

335 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 03:20:32.33 ID:v0lZN6IY.net
彼の思考パターンはおっしゃるとおりではないかと私も推察しています。

また、彼の意見は、
葛はいろいろと人間の役に立つし、繁殖力も旺盛で最高の日本起源の植物だ。これを認めない外国はサヨクだ。
という風に聞こえます。これではダブルスタンダードです。
彼はダブルスタンダード方式を彼のすべての理論展開に適用し、日本起源のものと海外起源のものについて別々のスタンダードで判断しています。
日本起源のものは優秀だから海外に展開されてあたりまえ。受け入れないのはサヨク。
海外起源のものはすべて日本起源のものに劣る。

これでは建設的な議論になりません。

336 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 03:24:02.28 ID:v0lZN6IY.net
>>331
すみません、
レスとして書かなかったのでもう一回書き込みます。

彼の思考パターンはおっしゃるとおりではないかと私も推察しています。

また、彼の意見は、
葛はいろいろと人間の役に立つし、繁殖力も旺盛で最高の日本起源の植物だ。これを認めない外国はサヨクだ。
という風に聞こえます。これではダブルスタンダードです。
彼はダブルスタンダード方式を彼のすべての理論展開に適用し、日本起源のものと海外起源のものについて別々のスタンダードで判断しています。
日本起源のものは優秀だから海外に展開されてあたりまえ。受け入れないのはサヨク。
海外起源のものはすべて日本起源のものに劣る。

これでは建設的な議論になりません。

337 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 03:32:30.32 ID:v0lZN6IY.net
>>333
彼は国史を非常にクリエイティブに解釈する新しいタイプの国史研究家なのですよ。多分。

以前にこのスレで指摘させていただいたものですが、再度コピペ致します。

百人一首の日
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2655.html#more

引用
後鳥羽院は「もはや鎌倉政権との武力衝突やむ無し」として、さかんに過激発言を繰り返しています。
このままでは、後鳥羽院の要請に応じて地方の武士団が挙兵し、世は再び戦乱の世となってしまいます。
「それでも戦うべきだ」と後鳥羽院はおっしゃいます。

けれど定家は、「それは違う。断じて違う。短慮を起こさず、どこまでも平和の道を築いていくべきだ」と主張します。
後鳥羽院はそんな定家に激怒しました。
「お前の顔など見たくない。二度とオレの前に顔を出すな。歌会にも出入り禁止じゃ!」

この時点で藤原定家は、政界を引退し歌人として、歌の指導などをして生きています。
それが歌会にさえ出入り禁止という。
つまり、後鳥羽院のこのお言葉は、定家に死ねと言っているようなものです。

定家は謹慎処分となりました。
都を事実上追い出され、小倉山に蟄居(ちっきょ)です。
引用終

定家と後鳥羽上皇の関係はあくまで歌の上での結びつきと考えられています。定家が上皇に対してこのような政治的な進言を差し上げる立場にいたとは考えられません。

続きます

338 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 03:56:43.52 ID:v0lZN6IY.net
続き

定家の日記、名月記はちょうどこの期間断絶していて、実際にどのような会話があったかについては記録がありません。
またこの時期の他の史料、たとえば玉葉、増鏡やとはずがたりなどにもこのような記述はありません。
玉葉には勅勘があったことは書かれているようですが、詳しく記述されていません。

基本的には後鳥羽院での歌合せの定家の野外柳の歌に後鳥羽上皇が気分を害して閉門を申し付けたという話がある程度です。
(後鳥羽上皇が定家の庭の柳の木を勝手に上皇の庭に植えるために取り上げたことをあてこすったと考えたためといわれています。)

彼の書き込みにはこの手の作り話が多いのです。多分名月記のこの部分もGHQによって焚書されたというのでしょうね。もしくは、戦前はこのように教えられていてあたりまえと考えられていた、とか。
"CGSの「席に余裕がある」のは、日頃のこうした記事の積み重ねで、みんなばかばかしく思い始めたことの表れではないでしょうか。"はおっしゃるとおりでしょう。

CGSの神谷さんはいつもにこやかですが、それが苦笑いに見えます。

339 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 08:05:29.38 ID:1z+MxRmz.net
秋の気配によもやま話
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2777.html#more

以下引用

当時のお年寄りたちは、いまでいう10月の半ばくらいになって、
「もう夏も終わりだねえ」などといいだすわけです。

太陽暦で育った子どもたちは、それを聞いて「ウチの爺ちゃん、ボケてきた?!」などと子供心に心配したわけですが、実はそうではなくて、季節感を旧暦である陰暦を保持することによって維持していたわけです。

引用終わり

これは一体何のことを言っているのでしょうか?
新暦10月が旧暦で八月としても、旧暦では四月から六月が夏ですし、
10月と夏は何の関係もないのですが。
10月半ばに「もう夏も終わりだねえ」とは、どう考えても季節感皆無ではないでしょうか。

340 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 10:11:43.80 ID:iRf6pKIo.net
>>339
自分の話に都合がいいように話を作っているのでしょうか。
それにしてももうすこし考えて文章を書くべきでしょう。

先日の古事記の記事ですが、ナガスネヒコについて、もう少し考慮すべき事項があると思います。
古事記には記述はありませんが、ナガスネヒコはイハレビコと同じ天つ神の子であるニギハヤヒに
恭順して、妹を娶らせていたのです。
また、日本書紀ではナガスネヒコを討ったのはイハレビコではなくニギハヤヒとなっています。
このあたりの話は神武天皇が即位する前の大和を考える上でよく引き合いに出され、
かなり有名なエピソードだと思うのですが、氏は意図的か知らずか、これを無視しています。
ナガスネヒコは当地の有力豪族であったと解釈するのが妥当で、
ナガスネヒコをただの悪人としか解釈しないのは、妄想交じりだと思わざるを得ません。

341 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 10:19:38.80 ID:iRf6pKIo.net
もう、あきれ返るほど古事記を恣意的に解釈していて、コメント欄にも皮肉っぽい
書き込みが現れていますが、ここで小名木氏の歴史知識のなさを示唆する書き込みを紹介します。
あくまで疑惑です。ご反論があればどうぞ。
以下引用

神武天皇のお名前は、即位前は、日本書紀では「神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)」です。

引用終わり
「神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)」は、即位前の名前ではなく、生前の諱(いみな)で、
当然即位後も同じ名前です。
一方神武天皇は即位後の名前ではなく、古事記成立以後におくられた漢風の諡(おくりな)です。
「昭和天皇」「明治天皇」と同じであって、即位後であっても生前にこの名でよぶことはありません。
どうやらそのあたりを誤解されているのではと疑います。

342 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 10:26:04.88 ID:iRf6pKIo.net
小名木氏は諡を知らないのかな、と思って過去の記事で検索をかけたら、2009年のこの記事を見つけました。
閔妃殺害事件に関する報ステのウソ http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-604.html
以下引用

なんだか明成皇后などと聞くと、立派な王妃のイメージがあるけれど、この“明成皇后”という名前は、
閔妃の死後に贈られた“諡名(おくりな)”である。いってみれば、戒名みたいなもので、
もちろんその名を使ってはいけないということにはならないけれど、
普通常識で考えても、亡くなった過去の人について、わざわざ戒名呼ぶ人はいない。

引用終わり
氏は諡を知ってはいても、その解釈には誤りがあることを示しています。
小名木氏は先帝を「昭和天皇」とお呼びしないのでしょうか?
氏の認識がこの時点から改まっていないのであれば、上記の通り、天皇の諱と諡の
システムを理解していないということになります。
事実なら日本を知らなさすぎると言わざるを得ません。

343 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 10:30:33.07 ID:7xgTFGnL.net
>>339
季節感季節感と連呼してまが問題は旧暦と新暦のズレに有るのであり、
どちらがより季節感にマッチしているという問題ではない事は明らか。
今までの旧暦の感覚で作られた文化を無理矢理に新暦で使っている事からくるズレです
旧暦で作られた古い感覚(習慣)が新暦に合わないのは当然です。
旧暦が季節に合っていた分けでは決してない。

例によって嘘や作り話が多いことも相変わらず。
>実は、人類誕生以来、世界中で採掘された金(=Gold)は、オリンピック・プールに換算して約3杯分だと云われています。
>そのうちの3分の1にあたる、まるまる一杯分が、実は日本産です。
嘘です。どんなに調べても日本産は1〜2%程です。
>それが実は、明治維新の前、幕末期に、いっぺんに日本は金(=Gold)を失ってしまいました。
世界の1/3近くの金が一挙に流出したら金の大暴落が起こります。
>江戸の昔にも、何も漢方医ばかりではなくて、歯医者さんもちゃんとあって(これを口中医と呼びました)、
>ひどい虫歯は本当に「ヤットコ」でつかんで、グリっとばかり引っこ抜いたりしていたのですが、
>それほど悪くなっていない場合は、穴のあいたところに、金(=Gold)をかぶせていました。
普通に考えたらわかると思うんですが、江戸時代に金歯はございません。
江戸で使われていたのは木製の義歯だったようです。

この後の分も含めて、氏は国史研究家ではなく偏向小説家でしょう。

344 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 10:52:53.29 ID:iRf6pKIo.net
今回のCGSです。
https://www.youtube.com/watch?v=KGTH6qbJ9aE

「神代七代」は「かみよななよ」と読むのが普通(画面ではそうなってる)のに、
「かみよななだい」と氏は読んでます。またねず流ですねぇ。。。

また、黄泉平坂で「イザナミが先に声をかけた」とおっしゃっていますが、
そのイザナミの言葉は、イザナギが契りを解くことを申し付けたのを受けての発言です。
イザナミが先に声をかけたわけではないようです。
言う前に調べないと。今回の話の根幹なんだから・・・

しかし、通史で学ぶはずの講座なのに、3回も神話の話してますねえ。
書籍を出版するために、ごり押ししてるんじゃないかと、邪推してしまいます。

345 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 13:22:29.29 ID:v0lZN6IY.net
>>339
氏は太陰暦が季節と合致しているので農業に適していると言っていますが間違いです。
彼は"昔の日本はすべての面において今より良かった"と言いたいために事実をねじ曲げます。

そもそも農業は太陽の位置を追いかけるもので、月の動きを基準にした太陰暦は不適切です。
農業者は太陰暦に太陽の位置で決まる二十四節季を併用して農作業日程の管理をしていました。
太陽暦に移行してからはその必要は無くなったのですが、習慣的に、また祭等との関係から新旧併記のカレンダーが長い間使われていたようです。

346 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 13:33:05.60 ID:v0lZN6IY.net
>>342
彼は毎回記事にしたことを覚えていないのではないでしょうか。
以前にも原文を自分で書いたのであれば犯さないようなミスがありました。どこかからコピペする時に犯しそうなミスなのでもしかしたら内容を理解していないのではないかと疑問をもちました。コピペなら覚えていないはずです。

347 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 19:08:57.14 ID:iRf6pKIo.net
上品を装う小名木氏ですが、やってることは品がない「ネトウヨ」と同じですね。
以下http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2773.htmlより引用

しかし、昨今の国会の、しかも良識の府であるはずの国会においてさえ、「少数意見を押し通すためなら暴力を用いても構わない」と、
平気で腕力に打って出る恥知らずな渡来系議員の姿を見ると、いまいちど西郷頼母の思想を見なおさなければならないのではないかと思えてきます。

引用終わり
これ、完全な在日認定ですね。
言動を見れば、匿名掲示板のネトウヨに毛が生えた程度の存在なのに、
なぜここまで持ち上げられるのでしょうか?
ともあれ、このスレッドの存在は氏の本性を暴くのに一役買っているのは間違いないでしょう。
まっとうに保守をやらないので、これからどんどん氏から人が離れていくでしょう。

348 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 21:28:07.02 ID:1z+MxRmz.net
>>340 >>343 >>345
コメントありがとうございます。
やはりあの方は新旧暦の理解がずれていることがよく分かりました。

嘘や作り話が多い、その通りだと思います。細かいことを言えばキリがない。
「息を吐くように嘘をつく」←これは誰のことを揶揄しているのでしたっけ?

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2777.html#more

以下引用

最近の日本では、国の標語が小泉内閣のときの「日本をぶっ壊す」から、安倍内閣の「日本を取り戻す」へと変わりました。

引用終わり

小泉総理が「ぶっ壊す」と言っていたのは日本じゃなくて自民党じゃないですか。
元総理を憎むのは勝手ですが、せめて事実を元に発言していただけないでしょうか。

349 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 22:13:52.77 ID:1z+MxRmz.net
>>341

Wikipedia の神武天皇「東征の開始」の項目に

>神武天皇は即位前は神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)といい、

とあります。ここからのコピペではないでしょうか?

350 :右や左の名無し様:2015/09/26(土) 22:28:21.41 ID:iRf6pKIo.net
>>349
ははぁ、なるほど。
Wikipediaにあるから問題ないと思ってこの表現を使ったのか、
何も考えずにコピペしたのか。

いずれにせよ、天皇の諱と諡の関係を知っていればしない表現です。
稲荷山古墳から発掘された鉄剣に刻まれているのは「ワカタケル大王」であって、
「雄略天皇」ではありません。
氏には本当の意味で謙虚に歴史を学んでもらいたいと思います。
最も、目先の金が入れば歴史なんてどうでもよいのかもしれませんが。

351 :右や左の名無し様:2015/09/27(日) 01:52:40.28 ID:SfepjI7V.net
>>343

> 今までの旧暦の感覚で作られた文化を無理矢理に新暦で使っている事からくるズレです
> 旧暦で作られた古い感覚(習慣)が新暦に合わないのは当然です。
> 旧暦が季節に合っていた分けでは決してない。

蛇足になりますが、たとえば俳諧の季語、七夕ですが歴史的にはこれは秋の季になります。今ではほとんどの地域で七夕は太陽暦の7月7日に祝うので、これは夏なのですが。
自然に関する季語については、違和感無く移行されるものが多いのですが、人事の季語にはこのようなものが散見されます。盂蘭盆などは東京とその他の地域で祭る時期が違うので夏、秋と分かれてしまいます。

ただし、衣替え、のように暦日の移行だけでは現実的でないものは、あまり違和感無く移行されています。

この方の場合、考察無く自分の望む結論に結び付けたいと言う直情だけで作文されている用に見えますね。

352 :右や左の名無し様:2015/09/27(日) 03:21:55.02 ID:SfepjI7V.net
>>348
> >>340 >>343 >>345
> コメントありがとうございます。
> やはりあの方は新旧暦の理解がずれていることがよく分かりました。
>
> 嘘や作り話が多い、その通りだと思います。細かいことを言えばキリがない。
> 「息を吐くように嘘をつく」←これは誰のことを揶揄しているのでしたっけ?
>
もしかすると彼には嘘をついていると言う意識はないのかもしれません。
自分の理屈を補強できると思える記事を発見するとすぐにそれを引用し、振り返らない。

私は彼の履歴を考えて (専門外なので徹底的な検証はしていませんが) 情弱ネトウヨビジネスを展開しているのではないかと推察しています。
会員を集め、そこから定常的な収入を得ることを目的として、会員が興味を持つ分野に関する本を次々と出版して金を取る。
しかし、こう内容がめちゃくちゃでは、会員でも問題に気づいてしまいますね。そうなるとおまんまの食い上げになってしまいます。
これがだめになればまた別のビジネスを見つけ出すのでしょう。もしくはご年齢的に引退されるつもりでしょうか。

353 :右や左の名無し様:2015/09/27(日) 13:47:38.41 ID:RDSWkuvm.net
ストレートワン時代の動画で「神武天皇が云々」と言っていましたので、
氏の思想背景には保守(右翼)的なものがあるのは確かだと思います。
だからこそこの方面のビジネスに手を伸ばしたのだと思いますが、
何分情報の扱いが上手くないのと、謙虚さが足りないせいでこんなことに。
そんな感じがします。もっと謙虚にやればこのスレッドはここまで勢いを持たなかったのでは
ないでしょうか。

354 :右や左の名無し様:2015/09/27(日) 15:29:29.88 ID:SfepjI7V.net
>>353
ここに書き込んでおられる方々は彼に言わせればサヨクの売国的人間なのですが、皆様日本の神話や歴史については彼より詳しいので、
神武天皇に言及することをもって保守とは認定できないのかもしれません。

冗談はさておき、和歌については彼は、考え方がわかっていない上に絶対的な知識が不足しています。
それをwikiなどでごまかしたつもりになって、実は馬脚を現してしまっているというようにみえます。
さらにあの上から目線のスタイルでは普通の感覚の人は辟易してしまいます。編集者にもっとしっかりしてほしいものです。歴史関係には強くない出版社なのでしょうか?

355 :右や左の名無し様:2015/09/27(日) 17:42:24.83 ID:SfepjI7V.net
>>347
上品を装うことには成功していませんね。
トリビアオヤジと言ったところでしょうか。

356 :右や左の名無し様:2015/09/27(日) 20:55:35.62
既出ですが・・
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2777.html#more
(以下引用)
最近の日本では、国の標語が小泉内閣のときの「日本をぶっ壊す」から、
安倍内閣の「日本を取り戻す」へと変わりました。これは大きな進歩であると思います。

なるほどまだ一部には、日本をぶっ壊す派の人達が幅を効かせていて、本来良識の府であるはずの
参議院でまで、まるで半島の南側の国会かと思われるような、火病を起こした暴力で少数意見を
押し通そうとする馬鹿者が国会議員をしていますし、不逞在日コリアンによる日本解体工作は、
巨大な資金をバックに派手に続けられてもいます。
(中略)
戦争が終わり、60年経ったときの総理が第三次小泉内閣でした。
まさに「日本をぶっ壊す」路線の、これが最終期となったわけです。

その後、新たな60年に向けての価値観の混乱があり、ぶっ壊す路線の継承派である民主党内閣の誕生
などもありましたけれど、もうそんなことでは、日本に未来がなくなるということを、このことで学習した多くの日本人は、次の選挙では、ぶっ壊す派の議席を大幅に減らしました。

そして安倍内閣によって、新たな60年に向けてあたらめて「日本を取り戻す」という標語が
社会用語となったわけです。
汚鮮されたテレビは、相変わらず日本ぶっ壊し路線でいます。
(引用終わり)

これを読むと開いた口がふさがらない人も多いと思うのですが、
小泉政権は「日本をぶっ壊す」と言ったのではなく、「『自民党』をぶっ壊す」と言ったのですよね。
「自民党」とは派閥利権の「経世会」を暗に指したフレーズということは誰もが知るところですが、
「日本をぶっ壊す」ってそんなことを標語にする議員がいるはずがない。

なんか「ぶっ壊す」と繰り返し書いておられますが、こんな寝ぼけたことを書いていてはファンにまで
「この人おかしいんじゃないか」と思われてしまいますよ。

357 :右や左の名無し様:2015/09/27(日) 21:23:26.67
>>355
最近の氏の文章はネタ切れしてきたのか既出の焼き直しだったり、よりデタラメ度が増していたり、
あちこちから話題をひっぱっているもののコンテキストから論理が破たんしていたり、
引用ミスや明らかな記憶違いが散見されるなど・・・
もう焼きが回ってしまったのか、という印象を受けます。

かつてはデタラメや間違いも多かったにせよ「よく調べてきたな」というものもあったのですが。
以前はトリビアオヤジだったんですがね。

「上品である」と装っているというのは「知性がある」と思われたがっているとほぼイコールだと思いますが、
氏は「知性」というよりも厳しい言い方をすると最早「痴性」に近づいてきている感じがします。

デタラメな内容で国民の知性を低下させた罪は重い。
それを「売って」金にしているのですから、彼は「愛国」者でなく文字通り「売国」者とも言えるでしょう。

358 :右や左の名無し様:2015/09/27(日) 22:23:00.70
最近スレ住民が減ってる気がします。
気のせいでなければ、みんな氏の文章があまりにむちゃくちゃなので
いちいち指摘するのがばかばかしくなったんだろうな、と

359 :右や左の名無し様:2015/09/28(月) 02:33:40.83 ID:rpKG4Z1B7
「日本をぶっ壊す」派がまだたくさんいます。
こいつらを早く駆逐したいです。

360 :右や左の名無し様:2015/09/29(火) 05:31:43.66 ID:btSS9iQ9.net
刑法と法治主義
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2778.html#more

聖武天皇、嵯峨天皇あたりで死刑を停止し、死刑に当たる罪を犯したものは遠流とするということになったようです。
死刑に相当する犯罪を犯す者がいても死刑にはしなかった、ということです。犯罪の発生が未然に防げたというのは眉唾です。

また、これは中央の貴族階級に対するもので、地方では特に死刑を停止したりはしていないように見えます。

今昔物語は平安後期に成立した説話集で、この中にいくつか話がありますが例題として

今昔物語巻二十九伯耆の国府の蔵に入る盗人殺さるるものがたり

というものがあります。飢饉のために食うものが無く、国府の蔵に忍び込んだ者が死刑になる、という話です。

犯罪の発生を未然に防ぐ目的で窃盗未遂の者を死刑にすれば、窃盗は減るでしょう。氏は現代日本をこのようにしようと言っているのでしょうか?
更に、死刑も伯耆の国では停止されていなかった、ということにですね。

この方の、昔の日本はお花畑、検証の必要はなし、には失笑を禁じ得ません。

361 :右や左の名無し様:2015/09/29(火) 08:35:28.94 ID:btSS9iQ9.net
静御前の舞
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2622.html#more

この記事は義経記の内容を恣意的に翻案したものと推察致します。

そもそも義経がしずやしずの歌を静に贈ったということはありません。この歌は伊勢物語にもある古歌を一部変えたもので、もとの歌は
古の賤の苧環繰り返し昔を今になすよしもがな
です。"しずやしず"の歌も"古の"の歌も、はじめの5-7は"繰り返し"を引き出すための序詞で、文言自体に深い意味はありません。
更に"静"と"賤"は同じ音で、しずやしずとした場合リズムも良く、義経と静の関係を暗示するような意味もあるでしょう。
どちらにしても、伊勢物語の歌の意味もこちらの歌の意味も同じで"昔を今になすよしもがな"です。もう昔のことは返ってこない、という述懐です。
もちろん

以下引用

この「しつ?やしつ?」の舞を、静御前か?白拍子た?ったから「賤」て?ある、なと?と書いているものもあるけれと?、とんて?もない話て?す。
義経は、静御前を「苧環の花」にたとえているのて?す。

引用終

お得意の造反有利的解釈ですね。氏にとってはとんでもなく感じられることかも知れませんが、これが静の苧環の花、では繰り返しになりません。麻織の苧を巻いたもの、という詞が"繰り返し"を引き出す序詞です。
苧環、は花の苧環ではなく、麻布を織るための苧のことです。賤は、綾に対するもので賤機織は麻布です。麻の苧を績む作業(紡績作業)は糸を繰ることを何回も何回する作業ですので"繰り返し"を引き出すための序詞となります。
苧環の花とこれを結びつけるのは自然ではありますが、静を苧環の花に例えたと受け取るのは間違いで、あくまで二次的な意味です。ところで蛇足になりますが"賤"に対する"綾"は絹織物です。

賤を"賤しい"と受け取るかどうかですが、この時代に謙遜の詞として"賤しい"を使うことは自然のことですので(利仁芋粥のことにも用例がありますね)静本人が賤しいとへりくだるのを"とんでもない話です"とは不見識といえましょう。
(そもそもも賤機織自体が華やかな綾織と比較した上での粗末な織物という意味の謙遜表現です)

続きます

362 :右や左の名無し様:2015/09/29(火) 08:37:00.42 ID:btSS9iQ9.net
続き

更に君が代についても牽強付会な解釈をされていますね。

以下引用
静御前は着替えを済ませ、舞台に出ました。会場は鎌倉の御家人たちて?埋め尽くされています。
静御前は一礼すると、扇子をとりました。そして舞を舞いはし?めました。
曲目は、「しんむしょう」という謡曲て?す。
歌舞の伴奏には、畠山重忠・工藤祐経・梶原景時なと?、鎌倉御家人を代表する武士たちか?、笛や鼓・銅拍子をとりました。
満員の境内の中に桜か?舞います。
その桜と、春のうららかな陽光のもとて?、静御前か?舞う。

素晴らしい声、そして素晴らしい舞て?す。
たた?......、何かものたりないのて?す。心ここにあらす?なのて?す。
続けて静御前は『君か?代』を舞いました。けれと?舞に、いまひとつ心か?こもっていません。
引用終

義経記では、皆感心したと書いてあります。物足りない、心がこもっていない云々というというのは氏の想像もしくは捏造です。

そして、鼓の工藤祐経が早く終わらせようとして調子を上げたので、静は"君が代の"と声を上げた、となっています。
彼女が"君が代の"と上げたことで聴衆がこれで終わりだと解釈して祐経に対して不満をあわらしたのです。そして静は追加の二曲を舞うことになります。

更に氏は"君が代を舞った"とおっしゃっていますが、この説明は現在"君が代"といわれている歌を歌ったり舞ったりしたと言う意味ではありません。そうであれば"君が代の"ではなく"君が代は"もしくは"わが君は"です。
ここは白拍子の歌舞の終わりとして主人の健康を祈る詞を述べたので、皆がもっと舞えと要求したということです。
氏の価値観でも、頼朝に対して静が挨拶の言葉を述べるの古き良き日本の作法としては当然と解釈されることでしょう。

363 :右や左の名無し様:2015/09/29(火) 09:28:36.06 ID:btSS9iQ9.net
ついでにもうひとつ。

氏は古典の中の出来事も現代の価値観でしか解釈できないようです。

引用
ここて?ひとこと注釈を挟みます。大峰山は、たしかに女人禁制の山て?す。
しかし、義経一行は、 頼朝に追われた逃避行て?す。
いわは?緊急避難行動中て?す。
たしかに静御前は女性て?すか?、大峰 山に入る姿を誰かに見られているわけて?はありません。
関所か?あるわけて?もありません。つま り、女人禁制とはいっても、女性を連れて入ろうとすれは?、いくらて?も入ることか?て?きる状態 て?もありました。
人か?見ていなけれは?、見つからなけれは?、何をやってもいいと考えるのは、昨今の個人主義の弊害て?す。
昔の日本て?は、人か?見ていようか?見ていまいか?、約束事は約束事、決まりは決まりて?す。
引用終

義経の生きていた時代は、天皇の病気を治すのに祈祷するしかないような時代で、皆迷信深いのです。
女人禁制の山に、追っ手のかかっている義経が女を連れて入れば神罰、仏罰でつかまってしまうかもしれない、と、まずは考えるでしょう。
更に家来も主人が神罰、仏罰にあうのに巻き込まれるのはごめんだと考えます。弁慶あたりはわかりませんが身分の低い者は怖がって逃げてしまいます。

氏は"右近と敦忠の恋の行方", http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2594.html#more でも、右近が呪いをかけたような解釈をされています。

これらは氏が時代考証なしに古典を解釈しようとしているということの現れに他なりません。

ところで、現代人にルールを守らせるためには、理路整然と説明できなればなりません。氏のトンデモ説明では無理です。

364 :右や左の名無し様:2015/09/29(火) 18:56:01.60 ID:YkZAqUfx.net
氏はよく「マスコミが個人主義を蔓延させた」云々言っていますが、
私の知るマスコミは、自分だけが良ければよいという考えが蔓延ることを憂う
ものが多いと感じます。
感覚の違いでしょうかね?

365 :右や左の名無し様:2015/09/29(火) 20:52:22.69
>>364
氏はよく「和の心」というフレーズを使われますが、氏の言う「和の心」は「全体主義」が根底にあるので本来の意味よりも「自民族中心主義」的な印象を受けてしまいます。
「全体主義」の反対は「個人主義」ですが、マスコミが「個人主義的」というよりも、
「氏の意向」に沿わないものはマスコミでも教育でも著書でも全てが「偏向」ととらえられているだけなんですよね。
自身が一番「偏向」しているのに、自分と合わないものはすべて間違っているとする態度。氏に和の心なんてみじんもなく、氏こそが「個人主義」の極みなんじゃないですか。

366 :右や左の名無し様:2015/09/30(水) 13:58:37.06 ID:Vo/teXV3.net
>>364
個人主義はいけないものではありません。氏にはそもそも個人主義と利己主義の区別がついていないのでしょう。更に、意図的にこの二つを混同させることによって、個人主義=悪と閲覧者に刷り込みたいのです。

個人主義の方向には進むべくして進んでいるだけです。
自分の気にくわない状況が発生すると、ウヨクもサヨクもマスコミ陰謀論を持ち出しますが、マスコミは視聴者の望む物を出さなければ視聴率は稼げません。

彼の欲しているのは戦前の村社会への回帰なのでしょうね。起こり得ないことです。

367 :右や左の名無し様:2015/09/30(水) 20:34:34.13 ID:FeJ5ykyR.net
日本の誇らしい話を創作して、さも史実のふりをして幾つも幾つもあげていく。
日本人はさも優秀な民族でございます。
まるで出来損ないの優生思想だ。
こんな事で愛国心が向上したりするのかね。
これは氏が自虐史観と言って批判している事のベクトルをそのまま反対にしたに過ぎない。
そう見えるだけで、他より優れている民族や国家等有りはしないのに。
幻想を作り続ける事に必死で、ひどく滑稽だ。

368 :右や左の名無し様:2015/09/30(水) 20:57:11.09 ID:hNvtritx.net
自分たち日本人が優れていて、隣国の人は劣っていると、そう思い込みたい人が
大勢いる。
だからこそ、氏がそれなりに保守界隈で幅を利かせているということなのでしょう。

歴史から学べることはたくさんあります。しかし氏の捏造史観に思考を乗っ取られるようでは、
目が曇ってしまう。
小名木さん、最近blogのコメント数が減っていますね。もう無理しなくてよいのではないですか?
歴史知らないんでしょう?
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2758.html
>さらにいいますと、日本書紀の天武天皇12(683)年には、
>「今より以後、必ず銅銭を用いよ。銀銭を用いることなかれ」とあります。
>ここでいう「銅銭」というのは、上の写真にある「和同開珎」のことで、
>使うなと書かれている「銀銭」は、おそらく富本銭のことを指しています。
和同開珎は和銅年間(708〜)に作られたからそう呼ばれているんですよ。
天武天皇の時代に言及されるはずがない。あと富本銭は銅銭です。
緑青のついた画像、見たことありません?

369 :右や左の名無し様:2015/09/30(水) 21:07:28.20 ID:hNvtritx.net
そういえば、上で書いた石槨の役の件、私が書いたんですが、
私は別に日本書紀を通読してるわけでも暗記しているわけでもない、
素人に毛が生えた程度の古墳好きです。
なぜ私がそんな記述を知っていたかという話です。
5年くらい前に奈良県明日香村の牽牛子塚古墳の発掘の時、真の斉明天皇陵はどこかという
話題が世間を賑わせていて、考古学者は「牽牛子塚古墳こそ真の斉明天皇陵だ」と主張する一方、
宮内庁は「斉明天皇は石槨の役を廃止させたので巨石を使った古墳は作らせないはず」として治定を
変更しようとはしませんでした。その年はこの話題の記事が各新聞にたびたび登場したのです。

もしあなたが歴史に関心をもって世の情報に触れていたなら、この程度の話キャッチできないものでしょうか。
石槨の役の件のみではあなたの歴史に対する姿勢をどうこういうことはできないかもしれませんが、
その他のあなたの誤り、無知を以ってすれば証拠は十分、あなたは歴史を知る気も学ぶ気もないということが
よくわかります。

370 :右や左の名無し様:2015/09/30(水) 21:30:03.31
>>366
ねず氏は「日本を取り戻す」と言った安倍首相の信奉者のようだ。
私はアンチ安倍でもないが、安倍政権が
示した今後のスローガンの中に
 「ニッポン一億総活躍社会」
 というのがあるが・・・
 いや、これはアカンでしょ。

 「一億総」とつくこれまでの日本語は、
 「一億総玉砕」
 「一億総懺悔」
 と戦争のことばかりが思いだされる。
 よくても
 「一億総中流社会」
 「一億総白痴化社会」
 ・・・よくないか。
 ま、こんなものである。
 個性を見ず、「一億」と束ねてしまえば
 あとにくるのは玉砕、懺悔、中流、白痴と
 否定語がくるのが常だ。
 言いたいことはそうではなく、
 一億の人が個々に活躍してくれる社会を
 作りたいということなのだろうが、
 それはこの言葉では伝わらない。

 しかしねず氏にはこの標語はシンクロするんだろうなと思う。
「個人」を大切にしない「個人主義」がお好きなようだから。

371 :右や左の名無し様:2015/09/30(水) 21:36:04.36 ID:FeJ5ykyR.net
>>368
その記事で目が点になったのは以下の部分
>シュメール語と日本語の共通点を指摘する人は多いのですが、
>もしそうであるとすれば、日本本土でも同じ時代に銀貨が使われていたわけで、なんだか古代のロマンが広がります。
どう逆立ちしたら古代シュメールと紀元後の日本が同じ時代になるのか。
そもそも銀というのは通貨の代わりとしてもメジャーな方でしょうに。

しかも宋銭等の大陸からの圧倒的な流入(輸入)とその流通を無視して"米経済"なるファンタジーの結論。
為替手形の流通すら世界から見ても早期に流通していたというのに。

372 :右や左の名無し様:2015/09/30(水) 21:53:31.23
370
すみません、
個人を大切にする、個人主義がお嫌いの間違い。
すみません見切り発車更新がねずレベルですな。

373 :右や左の名無し様:2015/10/01(木) 08:51:20.45 ID:SfmB7I+y.net
ご高説の裏づけ資料とするのであれば、もっとしっかりと調査していただきたいものです。
裏づけ資料がこのように欠陥だらけでは信じる人がいなくなります。私などはもともと信じていないので良いですが、このままでは信者まで失うでしょう。

そういう意味で、以前には彼のブログに書き込ませていただいていました。しかし、彼は迎合的なコメントしか公表承認しないので、せっかく書いたものを無駄にするのもいやなのでこちらに書き込むようにしました。

374 :右や左の名無し様:2015/10/01(木) 23:53:33.79 ID:uPfY8KXm.net
>>373 同じくです。

誤りを指摘するからには、失礼があってはいけないと思い
資料にあたって検証し、自分の読み違いではないか何度も読みなおし
時間をかけてコメント文を作成したのに、
コメントを承認されず訂正もされず、無視されたのは本当に時間の無駄でした。

そんなわけで自分もこちらにいます。

375 :右や左の名無し様:2015/10/02(金) 05:25:28.92 ID:g/eTvFLN.net
>>374

氏がご自分で考証できるのは北斗の拳くらいのものなのでしょう。それ以外のものはネットから持ってきてコピペしているのではないでしょうか。

百人一首の歌を間違えるのは仕方が無いとしても、明らかな間違いを訂正もせずにそのままにしておく神経が私には理解できません。吟唱もまともに出来ないものかがあるようですが、そのくらい厚顔無恥でないと国体が護持できないのでしょうか?

376 :右や左の名無し様:2015/10/03(土) 02:09:15.92 ID:O07ZtuhL.net
今回のポスト、百人一首の件は他のみなさんにお任せするとして、
いよいよ大学教授をけだもの扱いしています。
なんかここ最近どんどんエスカレートしているのは気のせいでしょうか?
前からここまでやってましたっけ?それともやっぱり焦ってるのでしょうか?

377 :右や左の名無し様:2015/10/03(土) 07:49:45.61 ID:HC0J7HEV.net
>>376
何せ造反有理の黒衛兵ですから、自分の意見と同じでない人はみんなサヨクです。

氏よりも広い視野を持っている人は氏と違う意見を持っています。しかし、大学の先生などはわざわざ彼を相手にしてくれません。
そのあたりもまた氏の癪の種なのではないでしょうか。

378 :右や左の名無し様:2015/10/03(土) 09:12:27.29 ID:O07ZtuhL.net
>>377
>氏よりも広い視野を持っている人は氏と違う意見を持っています。しかし、大学の先生などはわざわざ彼を相手にしてくれません。
>そのあたりもまた氏の癪の種なのではないでしょうか。
その通りだと思います。氏は承認欲求の非常に強い方だと推察します。
認めてもらいたくてたまらない、だからこそ「目からウロコだとよくいわれる」
「〇〇の専門家から認められた」という記述がたびたび登場するのでしょう。

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2785.html
今日のポストですが、氏にしては珍しく掛詞や文法事項について割と細かい
考察がなされています。(それがどこまで正しいかは私は判断しないことにします)
いつもの「全然違います」という論法とは異なる印象を受けます。
このスレッドには氏の百人一首本をお持ちの方がいらっしゃるかと思うのですが、
氏は以前からこの歌についてここまでの考察をされていたのでしょうか?
最近批判が多いので、改めて勉強されたのでしょうか?

それでも「技巧が凝らされすぎているからもっと深い意味があるはず」というのは、
やっぱり無理やりでしょう。考えすぎだと思います。
>あくまで歌合の席で、旅宿逢恋をテーマに詠んでいます。
>「だから間違いなく恋の歌です」と言い張るのは、幼稚園の子供か小学校低学年レベルです。
>そのくらいの年齢なら、それで「たいへんよくできました」と花マルをもらえるかもしれません。
このスレッドの意見を「幼稚園児」と新たな切り口で批判しているように見えます。
ちなみに「歌合」というワードは氏のブログにおいては昨日のポストが初出です。
やっぱり、最近勉強した?

379 :右や左の名無し様:2015/10/03(土) 10:04:32.78 ID:HC0J7HEV.net
>>378
私は、氏の本を持ってはいません。氏がブログに書いている内容があまりに粗雑で、間違っていることが往々にしてあるので、ご意見申し上げているだけです。
多分こちらに書き込んでいる方も、わざわざ本を買うような方はいらっしゃらないと思います。

まあ氏のことですから、本に書いてあることと全く違うことをブログに書いたとしても誰も驚きません。こちらは本を読むつもりも無いので、ブログと本の間の誤謬を指摘することはありませんから氏にとっては安全です。
もちろん、氏の現在の読者がブログと本の間の誤謬を指摘してくる可能性もありますが、氏はこちらは簡単にコントロールできると考えているのでしょうね。

380 :右や左の名無し様:2015/10/03(土) 10:15:22.75 ID:HC0J7HEV.net
>>378
今日の記事、ざっと見てみました。
なんだか怒ってるみたいですね。

381 :右や左の名無し様:2015/10/03(土) 10:44:58.16 ID:O07ZtuhL.net
>>380
私がブログを読んでいるのはここ3か月くらいで昔のことはわかりませんが、
ここ2,3週間特に宣伝が露骨になっているような気がします。
ブログのコメント数も減少、CGSのコメント数も著減しています。
このスレッドすら勢いがかなり落ち込んでいる。
これは氏の勢いの陰りなんじゃないか、と思います。
多分氏もこの流れを敏感に感じ取り、焦ってるんでしょうね。

382 :右や左の名無し様:2015/10/03(土) 11:07:26.89 ID:HC0J7HEV.net
>>381
ここを見てあのブログに行く人もいるので、トラフィックがあがるのではないかと考えていたのですが、違うのですね。

383 :右や左の名無し様:2015/10/03(土) 15:59:44.85 ID:49UtAyxZ.net
>>378 様

皇嘉門院別当の和歌の解釈については、ねずさんの百人一首本も概ね同じです。
ただ、ご自分の見解と異なる人を「幼稚園児」とか「ケダモノ」などと表現していないという違いがあります。ブログでも、そのように他人を悪し様に言わなければ「そういう解釈をする人もいるんだな」で終わる話が、何故わざわざ品を下げるような事をするのでしょうか。

それと「歌合」は初出ではありません。
例えば天徳内裏歌合、これは「忍ぶ恋」の41番と42番を解説するに避けて通れない歌合ですから。削除された記事を例に出して申し訳ないですが、確かにありました。

384 :右や左の名無し様:2015/10/03(土) 16:06:46.24 ID:49UtAyxZ.net
>>383
一応補足ですが、
>そういう解釈をする人
というのはもちろんブログ主様のことです。

385 :右や左の名無し様:2015/10/03(土) 16:51:21.94 ID:O07ZtuhL.net
>>383-384
どうもレスありがとうございます。
このスレ見て必死で勉強したのかななんて思った私の見当は外れてしまったようです。
文法の話も多少なりともできる人だったんですね。

それでもその他の歌で文法や読み方など、大きな間違いを犯しているところを見ると、
付け焼刃でやっているのでしょう。
インスタントに本を書いて上手く宣伝して稼ぐ。そういう才能はある人なのかもしれません。
でも今回の記事で正統派解釈をしている人を幼稚園児、けだものと罵倒するコメントを追加しているところを見ると、
やはりこのスレを意識していると思わざるを得ません。

>ブログでも、そのように他人を悪し様に言わなければ「そういう解釈をする人もいるんだな」で終わる話が、何故わざわざ品を下げるような事をするのでしょうか。

私も同意見です。従来説を激しく攻撃してさえいなければ、「こういう考え方の人なんだ」と軽く考えて、
このスレッドに書き込んでいろんな記事を検証することもなかったと思います。

386 :右や左の名無し様:2015/10/04(日) 00:41:06.93
氏の言う日本人らしい奥ゆかしさや思いやりをかなぐり捨ててでも「勉強ができる人」を「支邦人、朝鮮人」と同列に見下すのかがよく分かりません。

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2782.html
以下引用
それって、まるで支那人、朝鮮人と同じマインドです。
そういう人が中世の日本の和歌を解釈しようとしても、わかるわけなどないのです。
たとえそれが優秀な大学生や、有名大学の教授であっても、です。
いくら勉強ができて頭が良くても、人の心をもたなければ、それはケダモノでしかありません。
なぜなら「文化は心が織りなすもの」だからです。
心がなければ、文化もないのです。
引用終わり

「勉強ができても・・」
よく学歴コンプレックスのある人や、学生時代勉強しなくて後悔した人にありがちな言いぐさですね。

下品と言うか氏自身、育ちがあまりよくない人なのかと疑ってしまいます。(出身とかではなく、親御さんの言葉遣い等の問題です)

若い頃勉強ができなかった人が何かのきっかけで大人になってから知識を蓄え、昔馬鹿にされた意趣返しをしているような感じがします。

387 :右や左の名無し様:2015/10/04(日) 01:20:16.49 ID:rp1cgyie.net
>>383

>「忍ぶ恋」の41番と42番
これは40番と41番の間違いです。

ついでにですが。

40番 平兼盛
【忍ぶれど色に出でにけり我が恋はものや思ふと人の問ふまで】

41番 壬生忠見
【恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか】

この二首は天徳内裏歌合で交わされた名勝負でした。
どちらも優劣つけがたい歌だったため、勝敗を決める判者が判定に困りながらも
結局兼盛が勝者とされています。
しかし忠見の和歌を推す歌論も根強く存在して、千年来の論争となっているようです。

この勝負を小名木氏がどのように言っているかというと、

(兼盛の歌は)純朴な心を感じさせるのに対し、
(忠見の歌は)やや技巧に走りすぎ、その分、純粋さが損なわれています。(ねずさんの百人一首本P265)

だそうで、それが勝敗を分けたとのことです。

白洲正子、田辺聖子、島津忠夫等は、兼盛のほうが「技巧的」だと言っていますが、
小名木氏は忠見の歌のどの部分をもって「技巧に走りすぎ」と言われたのでしょうか?

388 :右や左の名無し様:2015/10/04(日) 02:30:05.82 ID:gwXFdcDS.net
>>385
>>383-384

>>ブログでも、そのように他人を悪し様に言わなければ「そういう解釈をする人もいるんだな」で終わる話が、何故わざわざ品を下げるような事をするのでしょうか。

>私も同意見です。従来説を激しく攻撃してさえいなければ、「こういう考え方の人なんだ」と軽く考えて、
>このスレッドに書き込んでいろんな記事を検証することもなかったと思います。

私も同じ考えです。それがご意見申し上げはじめたきっかけです。

最近気づいたのは、他のブログやYahooの知恵袋などでも彼のトンデモさについての記事がありますね。

でも、彼が彼の説だけで衆目を集めることは難しいので、いちいち造反相手を規定してシャドーボクシングを演じて見せないとならないのではないでしょうか。
少なくともこれで彼の現在の閲覧と違ったデモグラフィーに"拡散"できているわけで、それが吉と出るか凶と出るかは別ですが。

とはいえ、削除依頼を出しているようなので、そこまでの考えは無いのかも知れません。

389 :右や左の名無し様:2015/10/04(日) 09:28:16.11 ID:rp1cgyie.net
天皇と鎌倉幕府
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2784.html

今日のポストは一体何でしょうか。

以下引用

そして、もうひとつ。
貴族にも、寺社にもくみしない、まったく新たに開梱した新田がありました。
これが武士たちの土地(領地)です。

この新田は、自衛する以外、そもそもは誰も守ってくれなかったわけで、だからこそ開墾百姓たちは武装し、それが後年、武士となっていきました。

つまり、鎌倉時代のはじめ、国内は、
1 公家たちの領地領民
2 寺社の領地領民
3 公家にも寺社にも所属しない令外の民としての武士たち
という3層構造になっていたのです。

だからこそ、化外の民である新田の開墾百姓たちは、土地や身を護るために、新たな統治機構を必要としたのです。
そこに、源氏や平家の誕生の理由があるし、頼朝の幕府解説の意味もあったわけです。

引用終わり

続きます。

390 :右や左の名無し様:2015/10/04(日) 09:33:42.05 ID:rp1cgyie.net
>>389 つづき

小名木氏は今日のポストで斎藤武夫先生の「授業つくりJAPAN」を取り上げながら
上の記述を刷り込ませていますが、斎藤先生の本にはそんな事は書いてありません。

以下、斎藤先生の「授業つくりJAPAN」本から引用します。(P105)

(注)以前は農民が武装して武士になったと考えられていたが、現在は武士の出自は貴族であるという説のほうが有力である。
(中略)
『盗賊、強盗、海賊、放火など、犯罪が増えて、平和な秩序が失われてしまったので、農民達や、役人として地方にやってきた貴族たちが、自分の平和は自分で守ると、そのために自ら武器を持ち、武芸に励み、いざという時にそなえるようになったというわけです。
(後略)』

引用終わり

小名木氏は化外の百姓が武士になったと言っていますが、斎藤先生は武士の出自は貴族(と農民)と書いています。
小名木氏は斎藤先生の本を読まずにこのポストを書いているのでしょうか。
また、斎藤先生の本から引用するまでもなく、平氏や源氏は天皇の子孫ではありませんか。
そのような武家を「令外の民」だと「化外の民」だの、書くだけでふるえます。

391 :右や左の名無し様:2015/10/04(日) 10:32:05.07
面白いリンクを見つけました。氏が「知性的」であると感じられない理由が分かった気がします。氏はことごとくが後者にあてはまりますね。

「知的であるかどうかは、五つの態度でわかる。」
http://blog.tinect.jp/?p=16095

以下引用
一つ目は、異なる意見に対する態度

知的な人は異なる意見を尊重するが、そうでない人は異なる意見を「自分への攻撃」とみなす

二つ目は、自分の知らないことに対する態度

知的な人は、わからないことがあることを喜び、怖れない。また、それについて学ぼうする。そうでない人はわからないことがあることを恥だと思う。その結果、それを隠し学ばない

三つ目は、人に物を教えるときの態度

知的な人は、教えるためには自分に「教える力」がなくてはいけない、と思っている。そうでない人は、教えるためには相手に「理解する力」がなくてはいけない、と思っている

四つ目は、知識に関する態度

知的な人は、損得抜きに知識を尊重する。そうでない人は、「何のために知識を得るのか」がはっきりしなければ知識を得ようとしない上、役に立たない知識を蔑視する

五つ目は、人を批判するときの態度

知的な人は、「相手の持っている知恵を高めるための批判」をする。そうでない人は、「相手の持っている知恵を貶めるための批判」をする。
引用終わり

392 :右や左の名無し様:2015/10/04(日) 11:37:31.82 ID:jNdTUmMjO
■在日韓国人の道徳的感覚の異常性

※大前提、朝鮮人(韓国)に日本人の常識は通用しない

1:韓国人との契約は交わしても無駄、
平気で約束を破り、さらに被害者面をしてきます

2:韓国人は妬み嫉みを妄想で恨に変え、末代まで恨み続けます

3:韓国人にとって良い事は自分のおかげ 悪い事はすべて日本人のせいである

4:韓国人は恩を受けても感謝することなく、仇で返すのが通常である

5:韓国人は常に日本人の悪口を真偽問わず吹聴して回ります、しかし日本人に対しては 韓日友好と叫んでいます

6:韓国人はフェアプレイの概念が存在しません

7:韓国人は努力する事よりも、他人の足を引っ張ることに情熱を注ぎます。

8:韓国人は何事も「ゴネればゴネるほど得だ!」という価値観を持っています。

9:韓国人は震災や事件、事故で日本人が死んだと聞いたらとても喜びます

10:韓国人にとって英雄になる手っ取り早い方法は日本人を殺す事です。

11:日本人は韓国人に殺されても文句を言ってはいけないと本気で思っています

関連記事
■私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである。
(明治18年(1885年)3月16日) 福沢諭吉『脱亜論』
■もはや韓国とは「基本的価値を共有」していない= 外務省
http://www.j-cast.com/2015/03/03229378.html?p=all

393 :右や左の名無し様:2015/10/05(月) 00:28:09.51 ID:gO++pM94.net
今日の記事、どうもコメントの承認・未承認の問題について誰かがコメントしたようで、
氏が返信をしています。元のコメントが見えない状態なので、何を言われているかは不明ですが。

以下引用
たんぽぽさん、いつもありがとうございます。
普段は、コメントへのお返しはしていないのですが、ちょっとだけ書きますね^^
私は、いただいたコメントは、すべて読ませていただいています。
コメントの承認・非承認に際しては、「誰からのコメントか」ではなくて、あくまでそのときにご記載いただいた
内容だけで判断させていただいています。
コメントの内容への論評もしません。
意見はそれぞれの自由だし、それを論評できるだけの力も私にはありません。
ねずブロは、どこまでも私自身への勉強ノートです。
たくさん勉強させていただき、自分の魂を少しでも高めていきたいと思って書いています。
ですので、いろいろなコメントがありますが、私自身が勉強になったと思うコメントを承認させていただいています。
なぜなら、あとで何度でも読み返し、自分が勉強させていただくことができるからです。
それだけです。
あまりナーバスにならず、これからも笑顔でいきましょう^^
引用終わり

常連さんからのコメントのようで、批判あるいは改善要望があったのでしょう。
あまりナーバスにならず、というところを見ると、厳しいものであったか、多少なりとも
感情的なコメントであったのではないかと推察します。

しかし「勉強になったと思うコメント」が2chで見かけるような嫌韓コピペだったりするのは、
どうかと思うのですがね・・・
それに、コメントを論評する力がないのに、学者や長らく唱えられている従来説を論評(というか罵倒)
する力はお持ちなんですねぇ・・・
変なの。

394 :右や左の名無し様:2015/10/05(月) 01:53:36.02 ID:quB/fMTD.net
>>393

> コメントの内容への論評もしません。
> 意見はそれぞれの自由だし、それを論評できるだけの力も私にはありません。

なかなか面白い。

395 :右や左の名無し様:2015/10/05(月) 07:52:06.84 ID:quB/fMTD.net
殷富門院大輔とドアの鍵
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2782.html#comment55180

突っ込みどころが複数あって考察してゆくと次々と発散してしまってまとまりませんががんばってみます。

この歌の解釈の上で重要な鍵は、歌合せ、題詠、歌枕、本歌取り、でしょう。

引用
一般の解釈では、「濡れて色が変ったはずの袖が、まるで濡れていないと思えるほど濡れた」→「だからこれは血の涙に違いない」
→「恋で血涙を流しているのだから、そうとう悔しいに違いない」→「だからこの歌は失恋して相手を恨んで詠んでいる歌だ」と説いているようです。
しかも「見せばやな(=あなた方に見せてあげたいわ)」というのです。
ここまできたら、もう精神異常の世界です。
これではまるで怪談話です。
引用終わり

氏がこの解釈をどこから"一般的解釈"として持ち出してきたのか不明です。いつもどおりシャドーボクシングの相手を作りたい、ということなのでしょうがきわめて稚拙です。
まともな文学者の解釈ではない、このようなものを彼はなぜ一般的な解釈として持ち出したのでしょうか。単に攻撃しやすいからでしょうね。

396 :右や左の名無し様:2015/10/05(月) 08:01:20.57 ID:quB/fMTD.net
続き #2

私は自分はきわめて常識的な感覚を持っていると考えていますので、その感覚で考えてみます。

まず、この歌には本歌があります。本歌取りは平安時代後半の短歌に非常によく用いられる技巧で、氏が敬愛していると称しておられる藤原定家もこれを多用しています。
この歌が歌合せで発表されたときにも参加者や判者は基礎知識として本歌を理解してました。何しろ作者は三十六歌仙の一人です、その人の勅撰集にとられた歌です。歌人としてそれを知らければ公式の場には出られません。
古歌、故実についての共通知識の下に短い言葉で十分な効果を発揮させるのがこの時代の和歌です。現代人が鑑賞する場合も、その時代の古歌、故実についての知識が無ければとんでもない解釈になってしまいます。
氏は和歌、短歌の共通認識をご存じなく、一足飛びに氏の政治的な希望に歌の解釈を合致させようとしています。これが、氏の解釈もしくは氏が"一般的解釈だ"と紹介する解釈がおかしなことになっている理由です。

この歌の本歌は、以下のものです。
松島や雄島の磯にあさりせしあまの袖こそかくはぬれしか (源重之 後拾遺 827)

一首の意味は簡単に言えば、松島の雄島の磯で漁をしている海人の袖でもなければ私の袖よりも濡れている袖はない、という意味です。
自分の袖を海で仕事をしている漁師の袖と比べて、濡れていることを強調しています。松島の雄島、は歌枕で、この歌は名所歌として詠まれたものなのでしょう。

この本歌を下敷きにすると、
見せばやな雄島の海人の袖だにも濡れにぞ濡れし色は変はらず
は、以下のように解釈できます。

古歌で雄島の海人の濡れた袖と自分の袖の涙を比べた人がいたけれどその歌で海人の袖になぞらえられた濡れた袖も高々普通の涙で濡らしただけです。
私が紅涙で濡らした袖のように赤く色が変わってしまったわけではないでしょう。
この染まってしまった袖を恋するあなたにお見せしたいものです。

現代の恋人同士の間でも、涙の跡を見せたい、位のことをラブレターに書くことはありますが、これはその古代編です。一般の解釈も対して変わらないでしょう。

続きます

397 :右や左の名無し様:2015/10/05(月) 08:05:05.63 ID:quB/fMTD.net
続き #3

以下引用
この歌は、歌会で公式に発表された歌です。
女性が、公の場の人さまの前で、「私、恨んでます」などと声高に主張するものなのでしょうか。
どこかの国の民族と違うのです。
バカにしないでもらいたいとさえ思います。
引用終

いつどおり下品なおっしゃり方です。

この歌は歌会に出されたものではなく、歌合に出されたものです。

歌合というのは、普通の歌会と違い、与えられた題で歌を詠み、左方、右方と番えて審判が勝敗を決めるものです。一般の歌会も題詠が普通ですが、組み合わせの勝ち負けなどはつけません。
千載集の詞書には、歌合せし侍りける時恋の歌とて詠める、となっています。題詠ですから、実経験ではなくフィクションの世界です。

上にも書いたように、このレベルではまだ恨みを詠んだとまでは云えない、というのが私の意見ですが、恨みを詠んだ場合でも正式な歌合せの席だから恨みの歌が出せない、という氏の考えは以下の理由から私には全く理解不能です。
氏は "歌会の席で実在の人物を非難する事" と "歌会につれない男を非難するフィクションの歌を出す事" との違いが理解できずに罵倒しているようです。恥ずかしい方です。

たとえば、内裡歌合せの"恋すてふ"の歌と"忍ぶれど"の歌の勝ち負けの話は皆様ご存知と思いますが、壬生の忠見が負けたことを苦にして衰えて亡くなってしまったという話がまことしやかに語られています。
死んでしまったというのは作り話だとは思いますが、技巧を尽くした歌を詠んで勝つことをとても真剣に考えていたことがわかります。恨みの歌であれば恨みが生々しく伝わるような歌が詠めなければ勝つことは出来ません。

続きます。

398 :右や左の名無し様:2015/10/05(月) 08:15:53.35 ID:quB/fMTD.net
続き #4

更に、氏は紅涙をとても大仰に受け取って(これが氏がこの歌を恨みの歌と考える原因となっています)、精神異常などの暴言を吐いておられます。しかし、これは和歌の世界での白髪三千丈的表現です。
以前に指摘させていただいたように、氏は抽象表現や比喩の表現を理解することは不得意のようですが、もう少し訓練を積む、もしくは読んですぐに反応するのではなく少し時間をかけて読み取る習慣をつけることをお勧めいたします。

悲しいときには血の涙がでる、というのは中国の故事によるものですが、古代、中世の日本でも普通に用いられる比喩でした。

実例を少し申し上げれば、

-白玉とみえし涙もとしふればからくれなゐにうつろひにけり 紀貫之
-色かはる露をば袖におきまよひうらがれて行く延べの秋かな 俊成卿女 (定家姉)

などの歌があります。
作り物語では、伊勢物語の男が狩の使いとして斎宮に逢う段の結末は"男も人知れず血の涙を流せどえ逢はず"となっています。

古代、中世の比喩と申し上げましたが、現代でも、MS Wordでこうるい、けつるいと入力して変換すると工場出荷状態の辞書ファイルなら紅涙、血涙と変換されるほど一般的な言葉です。
現代ではこのような大げさな比喩を使う人はあまり見かけませんが言葉としてはまだまだ現役なのです。

もう一つ申し上げておきますと、氏は"雄島"に関してもとんでもない解釈をされています。私には彼がそのように解釈する根拠が全く理解不能です。
雄島の海人、という言葉がこの歌に出てくるのは、本歌取の元となった歌に雄島の海人が出てくるからです。本歌の名所がそのまま引き継がれたというだけのことです。

以上、氏の語解釈については今さら私から申し上げることもないので、省略いたします。

皇嘉門院別当の記事についても発散方向なのですが、後ほど考察致をアップ致しますのでお待ちください。

399 :右や左の名無し様:2015/10/05(月) 21:44:04.48
>>391
なるほど、見事におっしゃる通りとなっています。
小名木氏は下手に知的にふるまおうとするから返って反感を買うのだと思います。
ただの愛国おっさんではだめだったのでしょうか。

400 :右や左の名無し様:2015/10/05(月) 21:38:53.53 ID:gO++pM94.net
>>395-398
いつも分かりやすい解説ありがとうございます。
氏はこの歌の解説を書くのに苦労したとのことですが、
それはきっと無理矢理自分の気に入る解釈を導き出すのに苦労したということなのでしょうね。

ところで、さっき昨日の記事のコメント数を見たら、昨晩より1つ減っておりました。
あれ?と思いましたが、>>393のコメントが消されているようです。
うっかり痛いところを突っ込まれかねないコメントを書いてしまったと気づいたのか、
誰かに何か言われたのか、あるいはこのスレで突っ込まれたから消してしまったのか。
いずれにせよ、全文コピペしといて良かった。
ファンを離れさせないように、たまには謙虚な姿勢になってみたのでしょうか。
でも普段の言行とあまりに乖離したことを書いてしまったのは、逆効果かもしれませんよ、小名木先生。

401 :右や左の名無し様:2015/10/06(火) 04:27:57.94 ID:4nwySlR8.net
>>385

>このスレ見て必死で勉強したのかななんて思った私の見当は外れてしまったようです。文法の話も多少なりともできる人だったんですね。

>それでもその他の歌で文法や読み方など、大きな間違いを犯しているところを見ると、付け焼刃でやっているのでしょう。
>インスタントに本を書いて上手く宣伝して稼ぐ。そういう才能はある人なのかもしれません。

百人一首のようなポピュラーな古典は文法の話も含めて掛詞、縁語の説明位は、インターネットで解説がいくらでも見つかります。Yahoo! Japanの知恵袋などは古典に限らず宿題の相談であふれています。
質問の中には、全文を品詞分解してほしい、のようなものもあり、丸投げするなと注意人もいるし、やってくれる人もいるようです。

ただしインターネットから得られる情報の確度については、比較的よいものからいい加減なものまでさまざまなので、それを判断する目を養わなければなりません。

今回の記事の中や、以前のながすねひこの記事の中の用語、文法談義を見るとかなり文法もあやしいと思われます。以下に続く考察をごらん下さい。

百人一首の解説サイトの例としては簡単なサーチで以下のようなものが見つかりますがこれらだけではありません。個々の歌でサーチすればもっといろいろと情報があります

http://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/057.html
http://www.caruta.net/number/karuta51-60/

これらのサイトの情報と氏のトンデモ以外の説明はとても似ているケースが多いのですが、もともと正統的な百人一首の解釈にそんなに差異があるわけもないので、私の気のせいなのでしょうね。

氏は2ちゃんねるでもかなり勉強していると思います。まじめに相手にして問題を指摘してくれる人は他にはなかなかいないと思われますので。


続きます

402 :右や左の名無し様:2015/10/06(火) 04:30:54.72 ID:4nwySlR8.net
続き1

以下の記事について考察いたします。

皇嘉門院別当(こうかもんいんのべっとう)
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2785.html

難波江の蘆のかりねのひとよゆゑ身を尽くしてや恋ひわたるべき

引用
この歌は歌会において、「旅宿逢恋」というテーマで出詠された歌です。
『千載集』(八〇七)の詞書に「摂政右大臣の時の家の歌合に、旅宿逢恋といへる心をよめる」とちゃんと記されています。
引用終

おっしゃるとおりですが記事の内容を読むと氏がサーチしてコピペしただけで内容を理解していないことが明白です。

摂政右大臣の時の家の歌合、が何を意味するのか考えましょう。

ここで摂政といわれているのは、藤原兼実です。1189年に摂政になる前、兼実は1166年から1189年の間右大臣を務めています。
この詞書の意味は"摂政兼実が右大臣であったときの右大臣家の歌合で、旅宿逢恋という題で詠んだ"ということです。

千載集の成立は1188年ですので、この詞書はもともと右大臣の家の歌合となっていたものを後の書写のときに訂正されたのかもしれませんがなんともいえませんし、ここではそれは重要ではありません。

続きます

403 :右や左の名無し様:2015/10/06(火) 04:32:35.33 ID:4nwySlR8.net
続き2

兼実の家の歌合で有名なものは1175と1180の記録がありますが、別当の歌はそれらの歌合の記録には入っていません。
大切なのは、この歌合なるものが、兼実が右大臣であった1166-1189の間に開催されたものであることです。

以下引用
ということは、おそらく歌合の前に、皇嘉門院と別当との間で、
「皇嘉門院様。私がこの歌を歌会に出詠しようと思います。」
「別当、おまえは、崇徳院様のために、皆の者に立ちあがれとお言いかえ?」
「はい。してみとう存じます。
引用終

崇徳上皇 (天皇在位は1123-1141) の配流は1156年、崩御は1164年です。この歌が歌合せに出されたのは崇徳上皇が崩御されてからということになります。
これでは氏のお説のように別当が崇徳院ために立ち上がれという意味がありません。

また、崇徳天皇の退位で、近衛天皇 (1141-1155) が即位されます。皇嘉門院は近衛天皇の准母になっておられたので崇徳天皇が退位された時点で皇太后になり、この歌会の時点でも皇太后です。
更に、右大臣である (そして後に摂政となる) 兼実は皇嘉門院と腹違いの姉弟である上に皇嘉門院は兼実を猶子としていたので、皇嘉門院は右大臣と天皇の庇護を受けることが出来る立場です。
彼女はその後没落せずに宮廷での生活を全うしています。もともと皇嘉門院は経済的、社会的に恵まれず崇徳上皇の権力への回帰と庇護を必要とするような立場にはありませんでした。

別当の歌は"身を尽くしてや恋渡るべき"の係り結びを反語と解釈して、まだ崇徳上皇に未練を残している皇嘉門院に、すでに切れている相手をずっと思い続けるのは無駄ですよ、もうあきらめなさい、といっているようにも読み取れます。
これはもちろん皇嘉門院に対してかなり失礼なことになります。皇嘉門院と別当の関係にもよりますが、ここはただの恋の歌と受け取るべきでしょう。

続きます

404 :右や左の名無し様:2015/10/06(火) 04:37:41.41 ID:4nwySlR8.net
続き3

ところで氏は"別当"は第一秘書に相当するとおっしゃっています。

引用開始
この歌を詠んた?皇嘉門院別当は、「保元の乱」て?追われた「崇徳院」の皇后の聖子(皇嘉門院)に仕えていた女性て?す。
別当というのは、家政全部を司る役職て?すから、いわは?皇嘉門院の第一秘書といっても良いて?す。
引用終

女房は本人の職務ではなく、親戚や婚姻関係の人の役職をで呼ばれる、と言うのが古典読み取りの際の常識です (小路名と言うものもありますが関係がないのでここでは省きます)。
私の知っている範囲では、本人の職務で別当と呼ばれる女官は御匣殿別当だけなのですが、これは女官と言うよりは天皇の妻妾ですので中宮、女御などと同じく本人の地位で呼ばれるのでしょう。

皇嘉門院別当の場合も、古典常識をわきまえている人であれば、まず縁者に何かの別当職をしているものがいたためこの名前になったと考えます。

この別当についてはほとんど情報がないということです。
皇嘉門院の弟である兼実の歌合に招かれるたと言う史実から、皇嘉門院にも歌人として認められていて、よい関係であったとは想像できますが、"皇嘉門院の第一秘書"であったなどと言う情報はありません。

続きます

405 :右や左の名無し様:2015/10/06(火) 04:38:53.83 ID:4nwySlR8.net
続き4

藤原定家を尊敬されている氏はもちろん彼の"世上乱逆追討雖満耳不注之、紅旗征戎非吾事"をご存知かと思います。

定家は百人一首を編纂するときにもこの方針を守っていると考えられますので、定家が恋の歌の部立てに入れた歌を無理やり政治的なメッセージに結びつけることは定家の本意に外れていると考えます。
特に氏の結び付け方はあまりに根拠がないものばかりなので、私には氏が定家を(百人一首を)ご自分の主張の拡散の手段として利用しているだけのように感じられております。

定家が多少なりとも政治的な配慮をしていると考えられる相手は後鳥羽院と順徳院くらいのものでしょう。実朝も可能性がありますが、百人一首に選ばれた彼らの歌はもともと恋の歌ではありません。

続きます

406 :右や左の名無し様:2015/10/06(火) 04:46:05.97 ID:4nwySlR8.net
続き5

ここで、氏の今回の記事の中の誤謬のいくつかを指摘させていただきます。

引用開始

疑問の係助詞「や」を受けて推量の意味になりますか?、もとも と「へ?し」は意志・命令の助動詞て?す。つまりこの歌は、「や」を「も」に変えるた?けて?、
「身を尽くしても恋ひわたるへ?し(命懸けてでも恋い続けるへ?き)」と意志・命令の意味になっています。

さらに歌には掛詞か?多用され、いくつもの意味を重ねるなと?たいへんに技巧を凝らしています。
「寂れた難波江のたかか?遊女の恋」を詠むのに、ここまて?技巧を凝らすということも、有り得ないことです。
しかもこの歌を出詠したのが、皇嘉門院の別当という高級女官です。

つまり、この歌はあまりにも異例つ?くめなのて?す。

引用終

この中には二つ大きな間違いがあります。

間違い#1

文法がでたらめです。"身を尽くしても"は現代口語であり、文語では"身を尽くすとも"です。"身を尽くしても恋ひわたるべし"は、現代口語と文語の混成文で、文語として解釈しようとして意味不明になります。
"身を尽くしてや恋ひわたるべき"と"身を尽くすとも恋ひわたるべし"では一文字の違いどころではありません。

また、文章に小さな修正を入れると違った意味になるのは普通のことですので、あえてそれを言い立てて自分の主張に誘導する氏の文学的な常識は大きく疑われるところです。

以前の記事、ながすねひこのところでも"なかすど"などと言うどこの時代の言葉だかわからないような詠み方と解釈を主張されておられたと記憶しています。

私は氏に文語文法をしっかり勉強する事をお勧めしたいと考えています。コピペではないご自分の言葉で語りだすとすぐに間違いばかりになってしまうのでは信者を維持できません。

続きます

407 :右や左の名無し様:2015/10/06(火) 04:52:24.67 ID:4nwySlR8.net
続き6

間違い#2

"「寂れた難波江のたかか?遊女の恋」を詠むのに、ここまて?技巧を凝らすということも、有り得ないことです" とおっしゃっていますが、これは間違いです。

歌合の場ですから、誰の恋であれしっかりと技巧を凝らした歌を詠む事はあたりまえ、と言うのは以前の考察に書いたとおりです。
遊女の歌を詠んだら技巧が凝らせないのであれば、勝ちたい場合は遊女の歌を詠まなければよいだけの話になります。

大げさに"異例づくめ"などという言葉を振り回して、いかにも氏ががこの分野に明るいと言う印象を与えようとしている底意でもあるのでしょうか。注意しないとなりません。

ところで俊成卿女の歌にも、これもまたかりそめ臥しのさゝ枕一夜の夢の 契りばかりに、と言うのがあります。これも旅宿逢恋の歌です。

俊成卿女歌集の中では旅の部に分類されていますが、遊女を引っ張り出してきて解説しようとすれば出来ないこともないこの歌も、笹、竹の縁語を盛り込む技巧を凝らしています。

この他、多く詠まれている宇治の橋姫系の歌にもあやしいものがあります。遊女を歌に技巧が使えないのではそもそも旅宿逢恋の類の題で歌合が出来ません。

以上簡単にまとめてみましたが、時代背景の理解や考察が不十分な上に、簡単な文法上の問題も絶えない、と言うことがお分かりいただけたと思います。

詠みにくいといけないと考えて、細切れにしてしまいましたが、とりあえずここまでが考察の結果です。

408 :右や左の名無し様:2015/10/06(火) 04:54:48.80 ID:4nwySlR8.net
>>400
> >>395-398
> いつも分かりやすい解説ありがとうございます。
> 氏はこの歌の解説を書くのに苦労したとのことですが、
> それはきっと無理矢理自分の気に入る解釈を導き出すのに苦労したということなのでしょうね。
>

ご返信ありがとうございます。
おっしゃるとおり、こじつけが難しかった、ということで間違いないでしょう。

皇嘉門院の記事も考察いたしましたのでご覧下さい。

409 :右や左の名無し様:2015/10/06(火) 05:02:53.63 ID:4nwySlR8.net
申し訳ありませんが、236からの考察記事の引用部分の濁点が "?" に化けるようです。これは以前から発生していたのですが簡単に入れ替えることもできませんし、意味がわからなくなるほどでもないのでご容赦ください。

410 :右や左の名無し様:2015/10/06(火) 22:40:20.36 ID:ZxDEf2oi.net
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2787.html
今日の記事です。以前の神武東征の話をしていますが、
前回より多少マイルドな話になっています。それでもイツセノミコトの発言は
ちょっとこじつけな気がします。

ところで小名木氏は漢字の成り立ちがお好きなようですが、
氏に敬意を表してその方向から、今日の記事を検証してみようかと思います。
以下引用

五瀬命のお名前の「五」は、五穀豊穣の「五」です。
五穀とは、五種類の主要な穀類のことです。
米、麦、あわ、きび、豆です。
ここから転じて、穀物全般のことを、五穀といいます。

「瀬」は、浅瀬です。
作物を稔らせる浅瀬といえば、誰がどうみても田んぼです。
要するに「五瀬命」は、そのまま田畑で作物を稔らせる農業指導者であったということがわかります。

引用終わり
「瀬」という字について、新漢語林より一部見やすくして引用します。

形声。水+頼(ョ)。音符のョは刺(ラツ)に通じ、切れ目が入るの意味。
水がくだけて流れるはやせの意味を表す。

引用終わり
字義を読んでも、水に関係する意味としては、流れる水に関連する意味しかありませんでした。
さて、田んぼは水が「流れている」のでしょうか。
一方で本居宣長の古事記伝にはイツセノミコトの語源を厳稲としている記述があるそうなので、
小名木氏の「五穀豊穣の神」という記述は絶対に誤りとは言い切れません。

411 :右や左の名無し様:2015/10/07(水) 06:32:52.03 ID:r1i83FMg.net
>>410

少し検索すると五瀬命が豊穣の神というような情報が出てきますね。
その情報から逆に五瀬が穀物と田に結びつくようなトリビアを出して事情通であると印象付け、信者を引きつけようというお考えでしょう。

彼の信者層のレベルを考えると悪いやり方ではないのですが、誰が考えても瀬が水田というのはいただけませんね。

瀬は浅瀬です、と断言調ですが、川を瀬と淵に分けた場合、瀬は浅く流れが早い場所、淵は深く流れが遅い場所と言うことになります。
この浅い、と言うのも水田と比べればずっと深いものです。また、おっしゃるとおり水田には流れがありません。

瀬が水田である、と主張されるのであれば、古事記の時代にそのように用いられていたと言う用例を提示するべきでしょう。いつものことですが、氏が何の根拠も示さずにこのような主張をされるといい加減な思いつきとしか受け取れません。
本居宣長の著書には何かそのような記述があるのでしょうか。

412 :右や左の名無し様:2015/10/07(水) 16:49:08.42 ID:ikGCLdzuw
今日の記事

引用開始

いま学者といえば、たいてい本の虫になっている人達で、自分で体を動かすことはあまりされないようですが、このように、「体を動かさないで頭だけを使うのが学者」というようになったのは、実は戦後のことです。
引用終了

またまた、勝手に学者のことを定義してますね。「本を読むのが学者」、つまり研究とは本を読むことだと思っているところがすごいですね。
おそらく、本当に真摯に研究している学者さんとのつきあったことはないのでしょうね。

413 :右や左の名無し様:2015/10/07(水) 19:46:27.48
>>412
学者と一口に言っても、地学者や生物学者はフィールドワークをしますし、
今回のテーマに関わる農学者だって実際に農業を実践しています。
広い農地を所有する大学農学部の話、知らないんでしょうか?
化学者だって手を動かして実験を繰り返しますし、かなり体力勝負なところがあります。
文系では歴史学者は本ももちろん読みますが、自ら伝承を聞き取りに行ったり、
容易には手に入らない文献を自ら探し回ったりもするでしょう。
考古学者などの発掘作業は、もはや肉体労働と言っても過言ではありません。

氏の言葉を借りれば、上記のようなことは「ちょっと考えればわかること」
で、氏の話は「全然違います」ということになるのですが、ここでも氏の
コンプレックスの強さが表れています。

414 :右や左の名無し様:2015/10/07(水) 20:00:46.00 ID:Ieqyic0p.net
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2788.html
今日の記事より引用します。

だいたいまともな書籍を焚書して、アカ系の学者が捏造した本だけを世に残し、
「本も論文も引用先が明らかでなければ信頼に値しない」などと、おかしな空論が言い出されるようになったのは戦後のことです。
それまでは、一流の学者は、自分で考え、自分で行動して得た一次情報を提供す人でした。
当然、引用先なんてありません。必要に応じて引用先を明らかにすることはあっても、引用がなければ論に値しないなどというのは、
頭のおかしなヘンタイの所業でしかない、引用先が大事なら、引用先の文書を読めば良いのであって
そのような論は論考の名に値しないというのが一般的な考え方でした。

引用終了
これは我々のように小名木氏が引用元を明確にしないことでもって批判している
人たちのことを言っていると思っていいのでしょうね。最近その手の奥歯に物が挟まったような
物言いが増えているのは、このスレが伸びていることと関係しているのだと思います。
こうやって遠回しに、言質をとられない小名木氏はずるい人だと思います。
真正面から「誰々が私を何々と批判するが、それは当たらない」と反論すればいいんです。
先日わざわざ「2ちゃんねる」という言及までして逃げ道を作っておくというのは、ファンからすれば
幻滅でしょう。
このままではあなたとあなたのファンは荒唐無稽を信奉し、反論する人を罵倒するただのカルト集団と化してしまいますよ。

次に、なぜあなたが引用元を提示しなければならないのかという理由を示します。

415 :右や左の名無し様:2015/10/07(水) 20:39:00.27 ID:Ieqyic0p.net
百人一首や古代史、古事記の解釈などに関するあなたの著述は以下の2つの内容に
分けることができると思います。
1. 従来説に対する反論
2. ねず流新解釈(あるいは戦前の解釈と称されるもの)

さて、1の従来説に対する反論というものは、学問の世界でもよく行われることですが、
当然これはその説を具体的に指摘することが必要です。従来説のどこがどう間違っているか
きちんと論じなければ、話は始まりません。そのためには、従来説がどのようなものかというのを
はっきりさせ、検証しないといけません。
不祥事を起こしたり不正を働いた企業を批判する場合でも、その企業が一体何をしたのか、
行ったことのなにが悪かったのかという分析がなければ、的外れな批判になってしまう。それと似ています。

さて、あなたの従来説に対する反論ですが、あなたが取り上げる従来説というものは、
一般的に知られる従来説とかなり異なっている場合が多々あります。
たとえば、>>48-49での江上氏の騎馬民族征服説について、あなたはこれの内容をブログ記事で
取り上げ批判していますが、その内容は一般的に知られるものとおおきく異なっているとの批判があります。
あなたが自分の説を主張し続けたいなら、その批判を否定しなければならない。「いやいや江上氏の説は私の言うことが正しいんだ。
ここでこのように本人が言っているではないか」と言うべきなのです。このような話をあなたが
しないのであれば、「小名木氏の騎馬民族征服説の解釈はおかしい」という批判は的を射たものという
ことになってしまう。そのために必要なのが、あなたが批判対象とする従来説の「引用元」です。
対象を明確にして批判を行うことで、あなたの理論は盤石になります。
しかしあなたはそれを行わない。それではシャドーボクシングと言われても仕方ないことです。
百人一首の一般的解釈への批判も同じことです。
従来説の批判を行う際に引用元が重要なのは、このように理論の筋を通して、世間に受け入れてもらうために
重要だからです。

416 :右や左の名無し様:2015/10/07(水) 20:47:47.29 ID:Ieqyic0p.net
私たちもあなたの著述に反論する際、引用元を示して、どこがどうおかしいのか、
具体的に反論しています。批判には対象を明確にすることが必須だからです。
私たちの論に未熟な点がないとは言い切れませんが、その時はいつでも反論してよいのですよ、小名木さん。

従来説を批判するということは、革命を起こすことと同じことです。
あなたは平和を愛する、対立を好まないといつもおっしゃいます。これ自体は良いことだと思います。
しかし、その言葉と裏腹に、あなたはすでに学問の世界に戦いを挑んでいるのです。
革命を起こそうとするなら、それに対する逆風も跳ね返さないといけない。
神武天皇が大和を平定するときにナガスネヒコを討ったのと同じことです。

我々にはあなたが従来説をゆがめて紹介しているようにしか見えない。これに対してあなたは、
あなたの言う「従来説」の明確な引用元を紹介せず、あなたに対する反論を封殺している。
これでは議論になりません。反論を打ち消せるような論述ができなければ、その時点であなたの
著述は詭弁でしかない。
そうやって詭弁を積み重ねていくから「論ずるに値しない」と言われてしまうのです。
あなたの著述はすでに、ただ単に引用元がなければダメだ、という次元を超えているのです。
例えば、身に覚えのないことで逮捕された人が警察に対して、「どうして逮捕されたんだ!証拠はあるのか!」
と言ったとしましょう。そこで警察が「逮捕するのに証拠がいるのか!」と言って聞く耳を持たないとします。
これは理不尽以外の何物でもない。あなたがやってるのはこの警察がやっていることと同じです。

417 :右や左の名無し様:2015/10/07(水) 21:07:14.87 ID:Ieqyic0p.net
次に、2. ねず流新解釈(あるいは戦前の解釈と称されるもの) についてです。

新解釈には、当然論拠が必要で、かつその論拠が妥当なものでないといけません。
百人一首などのあなたの新解釈には一応論拠が用意されていますが、その論拠は上に
書かれている通り、これまでの長い研究の積み重ねの結論を参照すると
妥当なものとは考えがたい。これに対してあなたが「自説の論拠が妥当である」と
いうには、やはり引用元が必要になるのです。
我々は主に昔の話を議論しています。自分の目で確かめることができないことを話しているのです。
自分の目で確かめられないことを議論するには、根拠が必要です。その根拠は必然的に歴史書や
これまでの歴史解釈を参照することになります。これまでの歴史解釈は長年の議論に耐えてきたものです。
これを無視することはできません。これを無視した新解釈は、やはり革命を起こすのと同じことです。
「戦前から唱えられていた説だ」と主張したいなら、どうぞ持ってきてください。
それともGHQはその本を一冊残らず焼き尽くしたというのでしょうか。そして戦前からの学者は
占領統治下でそれまでの説を忘れてしまったとでもいうのでしょうか。

なお、一次情報を発信する場合は引用元を示すことはできませんが、それを発信する
学者は代わりに「実験結果」「検証結果」を根拠として示します。そしてこれらは従来説と
矛盾しないか、従来説を打ち崩すだけの信頼性があるものと証明されなければ、新設として
受け入れられません。もちろん従来説の存在しない新たな分野で発信するなら話は別ですが、
これはもっぱら理系の世界の話です。
また、書物の上の歴史を議論する場合には「実験」というものははなはだ難しいことです。

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