■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
【計算】スーパーコンピュータ「京」がGraph500において5期連続で世界1位を獲得、6月23日
- 137 :名無しのひみつ@\(^o^)/:2017/06/26(月) 07:13:35.09 ID:uBR7kbG3.net
- しまったアンカー付け忘れ
もう一回
>>66
>計算機の話をしてるんだよ。まずは。スパコンだけが計算機じゃないし、今やARMのCPUがスパコンに?という時代ですよ。
>メインフレームでもIBMの勝ち、パソコンでもIBMの勝ち、もちろんワークステーションでも、スパコンでもIBMの勝ち、とかわかりやすいわけじゃないんだな。
>IBMは常に一番、うちを選んでおけば失敗は無い、というような宣伝をするけど、計算機作ってる会社で一番じゃなくなちゃった、という話。
>IBMは大和研究所で何してた? そして、何をしなくなった? 今どうなってる? IBMが作ったパソコンには全部インテルが入ってたのかな?
どうせ美談本でも読んだんだろ。ネトウヨ御用達のw
コンピュータでだれが勝ったかなんてあいまいな話なんかしてどうするw
事業として存続できるかどうか?これが重要だ。
漠然と対象をはっきりさせずに勝った負けた、なんて物言い程度の低さが際立つなww
IBMの大和はノートPCを開発したな、世界初かどうかは知らんが、少くともIBMで最初に。
そして当時まだインテルとの契約が残存していてx86を開発できた。
これを搭載したノートPCを開発しヒットさせた。
まあそれがどうした?って話だが。
但し、CPUの開発では見るべきものがあった。
それは、PLLによる倍速制御が取り入れられた点だ。
それまでは外部バスと内部のクロックは同期式でこの値の組合せは1種類だけだった。
しかしこれを境に、外部の周波数はそのままで内部周波数を切り離して上げられるようにり、
選別により、低速品、中速品、高速品にように製品化し、無駄が出にくくなった。
そして今では非常に多くのCPUで取り入れられている。
だがこれはIBMの利益にはつながらずインテルの利益につながった。しょうがないね。
しかし製品の発想としてはすごい潮流の起点となった。
ちなみに
数年後、大和はPowerPC版ノートの開発をIBM本体から託されて開発したが、
全く売れなかった。当たり前だw
Windowsの動かないようなパソコンが売れる訳がないww
総レス数 356
213 KB
新着レスの表示
掲示板に戻る
全部
前100
次100
最新50
read.cgi ver 2014.07.20.01.SC 2014/07/20 D ★