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【遺伝学】最初の農耕民は船乗りでもあった シリアの遺跡から古代DNA

2 :Cancer ★@\(^o^)/:2014/06/10(火) 19:04:35.89 ID:???.net
>>1からのつづき

シリアの骨格のミトコンドリアDNA配列は、ドイツとスペイン両国のおよそ7000年前の
農村から回収された古代DNAと、チームが「強い類縁性」と呼ぶものを見せた。これは
中東の集団が実際に後のヨーロッパの農耕集団の起源となったことを確かめる成果だ。
フェルナンデスらによるともっと重用なことが、古代中東人のDNAを中東とヨーロッパの
60の現代人集団のデータベースと比較したときに見つかった。その分析は現在キプロスと
クレタに住む人々と密接な遺伝的類縁性があることを明らかにした。これは農耕民が、
大陸を移動する前に最初に中東からギリシアとその島々に舟で移住したことを示唆する。
もっと北の代替ルート、現在のトルコを通ってヨーロッパに行く陸路はデータから支持
されなかった。現代のトルコの集団にシリアの骨格と近縁な遺伝関係が見られなかった
からだ。

フェルナンデスによると、このシナリオは過去20年間の考古学的発見からも支持される
という。ごく初期の農耕遺跡がキプロスで発掘されているが、それが大陸から押しやら
れた小さな集団のもの(たぶん人工圧や他の農耕民との競合のために)なのか、それとも
海を渡ってヨーロッパに向かう大きな移住の始まりなのか、はっきりしていなかった。
「これは最初の農耕民が[大陸から60キロメートルの航海をするのに十分な舟と]十分な
航海能力を間違いなく有していたことをほのめかす」とフェルナンデスは話した。

中東の農耕民が船乗りでもあった証拠は今日、米国アカデミー紀要オンライン版に発表
された論文からも届いた。ワシントン大学(シアトル)の遺伝学者、ジョージ・スタマト
ヤノプロス(George Stamatoyannopoulos)率いるチームは、ギリシアとギリシアの島々、
トルコ、ヨーロッパ、中東、北アフリカを含む、32の異なった現代人集団から964人の
ゲノムに含まれる75,000個の遺伝子マーカーを調べた。研究者たちは統計学的技術を使い、
現在の集団間にある違いに基づいて集団の起源を追跡することに成功した。農耕がクレタ、
ギリシアの島々、地中海北岸を通る海ルートでヨーロッパに拡散したことも分かった。

だが一つの問題について2つのチームに違いが出た。フェルナンデスグループの結論では、
中東の農耕民が最初に拡散したのは、レバント沿岸(現在のイスラエル、レバノン、シリア)
からだった。PNAS論文の著者たちによると、それは現在のトルコ南岸からだった。フェル
ナンデスによると、「両研究は[海ルートの点で]互いに支持し合う」が、違いがある
のは中東人の遺伝プロフィールが古代から変化しているためだという。彼女の考えでは、
シリアから出た古代DNAのほうが、初期農耕民の遺伝学の信頼できる指標だという。

だが、外野の研究者たちは新しい古代DNAの研究結果について注意フラッグを掲げている。
シリアの15骨格のサンプルは初期中東農耕集団を代表させるには少なすぎる、とヨハネス・
グーテンベルク大学マインツ(ドイツ)の古遺伝学者、ギド・ブラント(Guido Brandt)は
話した。そのような少数の部分的なミトコンドリアDNA配列で「中東のような人種のるつぼの
遺伝的多様性が十分に探索できているか疑わしい」と彼は強く述べた。

デギヨーも同意する。彼女によると、農耕の海洋拡散を示す強い証拠があるが、現在の
データは農業のヨーロッパへの拡散が、陸路ルートを含む「複数起源」であった可能性を
除外できないと話した。

おわり

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