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キングコング西野公論 397

780 :アメブロ(2/4):2020/12/28(月) 14:42:14.22 ID:A0nQbNq40.net
>>779続き)

で、もう一点。
これを近況報告というのか分かりませんが、恥ずかしい話ですが、
僕、今、「#えんとつ町のプペル」でメチャクチャ検索してるんです。
やっぱり、お客さんがどういう感想を持ったのかが気になるんです。

その中で、感想として多いのが、「二回目の方が泣けた」なんですけども、(自分で作っておいてアレですけども)
この感想はメチャクチャ分かって…要するに『えんとつ町のプペル』って、オチを隠してないんですよ。

『ももたろう』が「鬼退治するまでの物語」として読まれているように、『えんとつ町のプペル』は
「星を見るまでの物語」として打ち出していて、そこはサプライズにしていないんです。

作品を通じて問いかけているのは、「キミはどうだ?」で、あらゆる立場の「人」を描いたんです。

たとえば、皆さんもご存知だとは思いますが、キンコン西野の周辺には「アンチ西野」という層がいて、
正直、昔は目障りだったのですが、どこかのタイミングで
「彼らのことを否定してしまったら、何も前に進まないな」と思ったんですね。
僕の人生は「アンチ西野」と戦う為にあるわけではなくて、「エンタメで世界を獲る」という目標を叶える為にあって、
その為に、時間や感情を割くべきで…となると「アンチ西野」に対して「目障りだな」と思ってる場合じゃないんです。

じゃあ、どうすれば「目障りだな」と思わずにいられるか考えた時に、
結論、彼のことを徹底的に理解しようと思ったんです。
「なぜ、自分の時間を、人生を、西野の邪魔をすることに使ってしまうのか?」という部分を、
否定するのではなくて、「こうで、こうで、こうだから、西野の邪魔をするんだ」という答えを出そう、と。
そこで理解ができれば、「彼らにも正義がある」と思えて、自分の時間や感情を奪われすに済む。

なので、『映画 えんとつ町のプペル』の脚本を書く時にまず決めたのは、「悪者を作らない」ということです。
全ての立場、全ての言い分を肯定して、全員、正義にしようと思ったんです。
戦争もそうですが、世の中の問題の多くは、正義のボタンの掛け違いで、
本質的には、善悪で物事が進んでいくことって、あまり存在しない。

なので、「アンチ活動をする人」や「イジメをする人」にも憑依して、その人達の観点から台詞を書いていったのですが、
おそらく『映画 えんとつ町のプペル』を2回以上観ている人というのは、1回目は「物語」を観ていて、
2回目は自分を登場人物の誰かにおきかえて観られているんじゃないかなぁと思います。

「2回目の方が泣けた」という声が多いのは、おそらくそこで、ご自身の人生と重ねて、折り合いをつけたこと、
折り合いをつけざるをえなかったこと、折り合いをつけずに走っているアイツを羨んだこと…
そういったことを思い出して、泣けちゃうのかなぁと思いました。

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