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【旅客】「北海道新幹線は高すぎ」 津軽海峡フェリーが復活の兆し〜安さと早さで新幹線と棲み分け

1 :海江田三郎 ★:2017/03/12(日) 17:37:58.58 ID:CAP_USER.net
http://toyokeizai.net/articles/-/162036

北海道新幹線の開業1周年を控えて、昨年末以降、津軽海峡を挟んだ交流をテーマにした勉強会や
研究会が活発に開催されている。通年ベースの数字はまだまとまっていないが、これらの検証と議論を通じて注目を集めたのが、青森市と函館市を結ぶ青函航路のフェリーだ。

1988年の青函連絡船廃止後、海峡の主役として活躍してきたものの、旅客はじりじりと減少。
しかし、新幹線開業を契機として、純粋な船客の利用が増加に転じた。

所要時間が4時間弱かかるとはいえ、新幹線のおよそ3分の1という運賃が最大の魅力だ
。「片道は新幹線、片道はフェリー」という利用形態も生じている。「ほどほどの運賃と料金」
で利用できた在来線特急がなくなり、利用者には困惑も広がる中、海峡を挟んだ
「人の移動」は今後、「速さ」と「安さ」のバランスの上でどんな均衡点に至るのだろう。新幹線がもたらした「海への波及効果」について考えてみた。


「海峡の女王」と呼ばれた青函連絡船は1988年3月13日、青函トンネルと海峡線(本州側の津軽線、
北海道側の江差線と合わせて「津軽海峡線」)の開業と入れ替わりに運航を終えた。

最盛期の1972年、貨客合わせて1日30往復もの連絡船が津軽海峡を往来し、旅客輸送実績は1973年に約499万人、
貨物は71年に約8055万トンとピークを迎えた。しかし、1960年代に誕生した青函航路のフェリーや
長距離輸送で競合する航空機の普及に押されて、その後は減少の一途をたどった。

函館市史によると、国鉄の累積赤字が急激に増大する一方、度重なる異常出水によって青函トンネルの
工期が大幅に遅れたため、新幹線走行を想定していた青函トンネルが1978年、在来線と併用する「三線軌条方式」に移行した。

さらに1980年、当時の塩川正十郎運輸相が青函トンネル完成後の青函連絡船廃止を言明。つまり、青函連絡船の
「在来線機能」を維持しつつ、青函トンネルを新幹線専用とする構想がありながら、実現することなく、
青函連絡船の役割を青函トンネル・津軽海峡線が引き継ぐ帰結をたどった――という。

青函トンネルが、当初の目的だった「新幹線トンネル」の役割を果たすまでに、開通から28年の歳月を要した。

海峡の輸送を支えてきたフェリー
この間、フェリーの青函航路は、会社の変遷を挟みながらも津軽海峡の旅客・貨物流動を支えてきた。現在は、いずれも
函館市に本社を置く3社が、「津軽海峡フェリー」と「青函フェリー」の2つの名で計16往復を運航している。
前者を運航する津軽海峡フェリー株式会社は旅客輸送機能を重視し、スイートルームやドッグルームを備えた大型船「ブルーマーメイド」など、
青函連絡船並みの8000トン級の船を主体に4隻を投入。3月11日には新造船「ブルーハピネス」が就航した。
大人1人の料金(スタンダード=2等)は、10〜5月(年末年始・大型連休を除く)が2220円、7〜8月の繁忙期は3190円、
それ以外の時期は2770円に設定している。後者は共栄運輸株式会社と北日本海運株式会社が共同で運航し、
もともと貨物専用航路だった。2000トン級の船が4隻就航、料金は10〜5月は1600円、6〜9月が2000円と割安だ。北海道新幹線と同じ「はやぶさ」の名を持つ船も就航している。


(続きはサイトで)

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